「サングラスのおじちゃん…」 横山ゆかりちゃん失踪事件を未解決にしてはいけない!(1)

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1996年のこの日はちょうど七夕で日曜だった。群馬県大泉町に住む横山さん一家は、すぐ隣町の太田市高林東町にあるパチンコ店「パチトピア」に出かけた。たまたま行きつけのパチンコ店から「七夕感謝デー」の案内と葉書がとどいていたのを見たからだ。

001.jpg現場となったパチンコ店(現在は店名が違う)

横山さんの家は太田市との境界のすぐそばにあった。だから、横山さんの家から「パチトピア」までは、直線距離で1.5キロメートル程度しか離れていない。徒歩でも20分程度で行ける距離なのだが、横山さん一家は車を利用した。その程度の距離なら車を利用するのが、このあたりでは普通のことなのだ。

横山さん一家が「パチトピア」に到着したのは、午前10時半頃。開店して間もない時間だった。一家は父親、母親、そして4歳のゆかりちゃんと、生まれてまだ7カ月しかたっていない次女の4人だった。次女は母親の背中に背負われていたという。

この日のゆかりちゃんは、女の子らしくお洒落な洋服を着て、ご機嫌だった。ピンクのノースリーブのワンピースに白いレースのついた半そでのカーディガン。髪の毛は肩まで伸ばしていて、ピンクのリボンで丁寧に結んであった。

パンチンコ店の「パチトピア」は国道354号線に面していた。北関東地域を横断するこの道路は、工業用、商業用の車両の多く走る、交通量のとても多い道路だった。

002.jpg自宅からパチンコ店に行く道

建物の裏側には3か所の駐車場があり、100台以上の自動車を駐車できるスペースがあった。横山さん一家は、景品カウンターの後ろにある入り口から中に入った。景品コーナーの陳列棚を眺めたり、出入り口近くに備えつけてある長椅子に腰かけて休んだりもしていたという。

正午ごろ、母親は店内で弁当を買って、子供ふたりを連れて外に出た。駐車場で昼食タイムとなったのだが、ゆかりちゃんはしばらく両親の間を行ったり来たりしていたが、そのうちお腹がすいたらしく、母親の元にやってきて「またご飯が食べたい」とせがんだ。
母親は出入り口近くにある長椅子のベンチにゆかりちゃんを座らせ、お弁当をも持たせた。ゆかりちゃんの座ったその場所はパチンコ店の北西の角にある休憩コーナーだった。

それからしばらくして、午後1時40分を過ぎたころのことだろうか、ゆかりちゃんがふいに母親の元へやってきて、こう言った。

「……の、おじちゃんが……」

しかし、母親ははっきりとゆかりちゃんの言葉を聞き取れなかった。後に「もっとちゃんと聞いていればよかった」と悔やんだ母親だったが、店内の騒音はあまりにも激しく、隣の席の人と会話するにも大声をあげなければならないほどだった。わずか4歳の子供の発する声などはっきり聴きとれるはずもなかった。

「ただ、何かの『おじちゃん』と言ったように思います。それがどんな『おじちゃん』なのかまでは、聞き取れなかったのですけれど……」(母親)

同時刻頃には、父親が長椅子に座っているゆかりちゃんの姿を確認している。その時は、確かにまだ無事だった。両親は、パチンコをしながらも、ときどきゆかりちゃんを気遣ってその姿を確認していたのだ。