「六本木フラワー事件」について 元関東連合幹部・石元太一服役囚からの手紙を公開します(前編)

2018年05月07日 六本木フラワー事件 手紙 石元太一 関東連合

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001.jpg夕暮れの六本木


 現在、「準暴力団」に対する取り締まりが厳しさを増しています。準暴力団とはいわゆる「半グレ」ですが、警察庁が2013年にある事件を契機に「もはや暴走族OBではない。暴力団に準ずる立場の人間たちなんだ」と関東連合、怒羅権、太田連合と三つのグループの名前を出して(会見当時)、「準暴力団と規定する」と発表しました。

 AV強要、振込詐欺などの裏には準暴力団がからんでいる場合が多い事、また被害件数増加から準暴力団の取り締まりをこれらの案件を突破口にしているようです。そして、今まで「半グレ」とあだ名のような呼ばれていたのに「準暴力団」と規定したのは、前記したある事件――「六本木フラワー事件」がきっかけとされています。

 2012年未明六本木ロアビル内のクラブ「フラワー」で罪のない人が数人の男に金属バットなどで撲殺された事件です。既に、犯行グループである関東連合OBやその後輩たちは逮捕。主犯格の見立真一容疑者のみが逃亡中。国際指名手配となっています。
 そして俳優業や出版、格闘技ジム経営に乗りだしていた石元太一氏も逮捕。しかし、彼は現場にいませんでした。にもかかわらず「メディアで関東連合元リーダーと呼ばれているから厳しい判決にしなければ」という検察・警察の思惑があったように感じられました。
 当初、求刑22年、懲役11年でしたが控訴。高裁では15年の判決とさらに重くなりました。最高裁まで争いましたが、覆りませんでした。

 その事についてどう考えているのか、また現在、取り締まりが厳しくなっている準暴力団化の契機となった「六本木フラワー事件」とは何だったのか、なぜ起きたのか。改めて石元太一服役囚の了解の元、手紙を公開させていただく事にしました。そしてまずは被害者の方のご冥福をお祈り申し上げます。(編集部・久田将義)


002.jpg事件の現場となったロアビル


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石元太一・関東連合元幹部よりの手紙


 お忙しい中、わざわざ手紙の方、有難うございます。とてもうれしかったです。
 久田さんの著書の方は、私が東京拘置所にいた頃に読ませていただきました。久田さんは関東連合や今回の事件についてお詳しいと思うので、自己紹介を含めた細かい説明の方は省きながら手紙の方書き進めさせていただきたいと思います。
「六本木フラワー事件」というのは、「西新宿撲殺事件」に端を発した事件だと思います。(註・関東連合系と呼ばれていたKさんが西新宿自宅近く、対立グループ数人に襲われ撲殺された事件)

「西新宿撲殺事件」の被害者の方は見立真一の世代の人間達と仲が良かったので、見立は事件の究明をしたかったのだと思います(警察の捜査は全くやる気がなく、当てにならなかったようです)。

 なぜここで私が仲が良かったのは見立世代と限定したのかというと、見立、佐藤幹士こと小池乾士(註・懲役8年求刑・懲役7年)、國田正春(註・懲役10年求刑・懲役12年)、目出し帽を用意した人間を除いた今回の事件の関係者は、その被害者の方と全くと言っていいほど面識がなかったからです(私自身、面識はあっても個人的に会ったりするような仲ではありませんでした)。
 実際、事件の実行犯である百井茂(註・懲役15年 求刑17年)は、私の裁判員裁判でこのような証言しています。

久富木検事「(Kと)もめていたことは知っていましたか」
百井「はい」
久富木検事「誰がもめていたんですか」
百井「今回の僕からすると4つ上の先輩の世代がもめていると思っていました」
久富木検事「4つ上というと、見立の世代ということですね」
百井「はい」
久富木検事「そうすると、見立と國田と小池の世代が」
百井「もめていると認識していました」
 
 検察としてはどうにか私の名前を出させたく、このような質問をしたのだと思いますがも、見立達より下の世代は皆百井と同じような認識でいるのが事実です。
 ただ、見立達の世代もそこまで事件の究明に拘泥していたのかというと、実際はそうでもなかったようです。なぜなら、小池が私の裁判員裁判時にこのように証言したからです。

和田弁護士「Kさん(註・手紙では実名。西新宿撲殺事件の被害者)が襲われた事件がありましたよね。平成20年3月16日ですね」
小池「はい」
和田弁護士「その後なんですけど、その後、あなたご自身は、そのK兄弟(註・手紙では実名。対立グループのリーダー)に対してどう思っていましたか」
小池「殺された件に関してですか」
和田弁護士「そうです」
小池「犯人だと思いました」
和田弁護士「それで、そのあなたが犯人だと思われるK兄弟グループに対して、復讐しようと思いましたか」
小池「許せないと思いました」
和田弁護士「その許せない気持ちは、その後、時間が経つにつれてどうなりましたか」
小池「薄くなってきました」
和田弁護士「あなたの警察での取り調べのときにも、ほかの仕事がうまくいったりして時間が経つにつれ、その許せないという気持ちはだんだんと少なくなっていったと、そう述べておられますよね」
小池「はい」
和田弁護士「それは平成24年9月時点にではどうでしたか」
小池「もう一度お願いします」
和田弁護士「そのKさんが殺されたのはK兄弟グループの手によるものだと、そう理解しているわけですよね」
小池「はい」
和田弁護士「その平成24年9月2日時点で、Kさんを殺した犯人に対する気持ち、積極的に襲撃しようという気持ちをあなたは持っていましたか」
小池「どちらかというと、みんなもう話題に、話題にっていう言い方は失礼ですが、ちょっとずつ過去のものになったので、私を含めてみんなそういう気持ちは薄れていたと思います」
和田弁護士「平成24年当時は、あなたは石元さんとはあまり付き合いがなくて、年1~2回会うかどうかという程度でしたね」
小池「はい」
和田弁護士「そのときに、石元さんが会うたびに、Kさんの話を話題にすることはありましたか」
小池「ないです」
和田弁護士「見立さんはそのKさんの死に対して、特別な思い入れがあったんですかね」
小池「多少責任を感じてたりとか、個人的に、石元とかには付き合いないでしょうけど、見立は特に仲良かったと思います」

 K兄弟は所属していた組織を破門になり、ひっそりと生活していた為か、「六本木フラワー事件」が起きる前の数年は、ほとんどその名前を聞く事もありませんでした。そうした状況が、小池の言う感情を引き起こしたのかも知れません。


003.jpg本人から届いた手紙


 久田さんが指摘していた「スケープゴート」の事に関してですが、私も今回逮捕後すぐに、何か違和感、異常さみたいなものをひしひしと感じていました。

 ただ、それは見立や見立側の弁護士(平林英明氏)が主導してというよりは、急遽、検察側の提案に見立側の弁護士が乗っかったという方が正しい気がします。見立側の弁護士は、とにかく殺人罪から傷害致死罪に落とす事に躍起になっていました。そうした考え、方針と検察側の提案が一致した為、急遽私を「生け贄」として切り離したのでしょう。

(次回に続きます)

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