本日高校ラグビー決勝 平成へと元号が変わる時、決勝戦が中止になったことを覚えていますか?

2019年01月07日 中止 全国高校ラグビー 平成元年 決勝戦

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Rugby.jpg写真はイメージです


 年末年始になると開催される恒例のスポーツイベントがいくつかある。そのうちの一つが全国高校ラグビーだ。

 ちょうど30年前の1989年大会、その決勝が行われる1月7日、事件は起こった。決勝の試合が中止され、決勝に進んだ二校が同時優勝となったのだ。

 二校のうち一校が大阪工業大学高等学校である。この学校は、毎年、優勝候補となる強豪校。昭和末期に流行ったドラマ、スクールウォーズで主人公たちの通っている高校のライバル校のモデル校として登場したので、ご存じの方もいるかもしれない。

 ライターの私は、ラグビー経験者でもないのにこの一件には人一倍、思い入れが強い。というのも二校同時優勝となる10ヶ月前の88年3月までの3年間、大阪工大高に通っていて、ラグビー部の部員たちと日々、顔をつきあわせていたからだ。


大阪工大高時代の思い出


 今、思うと彼らラグビー部部員たちの存在感は半端なかった。プロレスラーさながらというと大げさかも知れないが、すくなくとも皆、ジュニアヘビー級のプロレスラーぐらいの体格をしていた。そのせいかラグビー部以外の生徒たちは私を含め、自然と、萎縮して過ごしていた印象がある。

 私の記憶を辿ると、次のようなことが思い出される。

 3時間目の授業が終わると、部員たちは決まって食堂へダッシュしていた。ラー油をたっぷり垂らしたとんかつ入りラーメンを食べるためだ。そして昼休み中に再び食堂にあらわれ、また、かつラーメンを食べていた。とにかく食べる量が半端なかった。

 帰宅部だった私は授業が終わると「4時ですよーだ」や「夕焼けニャンニャン」を見るためにさっさと下校していた。その一方、部員たちは、校舎横にある淀川の河川敷グラウンドでスクラムを組んだりして練習を始めていた。

 もうひとつ覚えているのは、当時、私が地理を教わっていた野上友一先生のことだ。ドラえもんのような体格をした彼は、とにかく朗らかだった。日焼けした顔をニコニコさせ、ときどき冗談を言いながら、教えてくれたのだ。中でも覚えているのは、大学生のとき車に乗って海へ行きナンパした話(もしくは単に連れだってのドライブデートだったかもしれない)を冗談めかして、嬉しそうに話してくれたことだ。


天皇が崩御したとき


 私が大工大高を卒業してから10ヶ月後の1989年1月7日、昭和天皇が崩御した。当時、私はワンルームマンションで一人暮らしをしながら大学に通っていた。その日、テレビは天皇崩御の報道一色でCMすらなかった。

 亡くなったという知らせと同時に新しい元号が「平成」だと、小渕恵三議員が掲げる額によって国民に広く伝えられた。それまで慣れ親しんでいた昭和という時代が突然終わった。そのこと私は大きな衝撃を受けた。

 あまりのショックに、母校であるラグビーの決勝戦が中止となったことに気がつかなかった。天皇が崩御することで、野上先生やラグビー部員たちが、どのような影響を受け、どのように反応を示したのかなんてことは、当時、考える余裕がなかった。

 その後、いつだったか忘れたが、決勝戦がなくなったことを知り、それ以来、30年近く、リアルタイムで知らなかったにも拘わらず、この一件のことが忘れられずにいた。


決勝が消滅したときのこと


 今年の元旦、日刊スポーツには、二校同時優勝を振り返る記事が掲載されていて、その記事で私は野上先生の別の側面を知ることになる。次の通り、記事の概要を記してみる。

https://www.nikkansports.com/sports/rugby/news/201812310000864.html?fbclid=IwAR0oj3h7u0fx3sNFKPbytNM75yTpP4iU3Y4NqFtWnQiO62pCMCnc_8_Fu7w

 ちょうど、出発の支度をしていたとき、選手全員が宿舎としていたホテルの食堂に呼び出された。当時ヘッドコーチとして現場を取り仕切っていた野上友一先生は、全員が揃ったところで、絞り出すように言葉を繋いだ。

「今日の決勝戦はなくなった。試合はない、ということや。今から花園に行って、表彰式だけをやることになった」と。

 その日の朝に昭和天皇が崩御。日程面でも順延は難しいとの判断で、中止の連絡が入ったのは、まさに宿舎を出発する直前だった。

 野上先生の言葉を聞いた選手たちは、無念の涙を流したという。

* * *

 授業中にドライブデートの話をしてくれたあの面白い先生が、あのころ厳しい勝負の世界に生きていたことを私は、今回改めて思い知った。

 あれから30年その平成も終わる。野上先生はその後、監督となり、学校名が変わった現在もラグビー部を率いている。そして今回も準々決勝まで駒を進める健闘振りを見せた。

 先生これからもお元気で。新元号となって第一回目の来年の大会こそは、部員たちを優勝へと導いて下さい。(文◎西牟田靖)

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