TABLO編集長・久田将義 偉そうにしないでください。

「訴えたもの勝ち」になり週刊誌は冬の時代へ 宝島社からの提訴に脱力した日々|久田将義

2018年03月03日 ダークサイドJAPAN 宝島社 提訴 裁判

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 ある朝、一通の封書が僕の机の上に置かれていました。「またか」みたいな気持ちです。内容証明書です。

 宝島社からでした。

「ここは何でも抗議するから」
 数週間前のゴールデン街での出来事を思い出していました。忠告してくれたのは当時『噂の真相』(現在休刊)の編集長だった岡留安則氏でした。この人は宝島社と『宝島30』(現在休刊)誌上で何度もやりあった関係です。
「大丈夫ですよ」などと軽く答えてしまいましたが、やっぱり来たか、という思いです。

 内容証明書は顧問弁護士からです。早速、当時在籍していた顧問弁護士にアポを取り相談です。それから宝島社の顧問弁護士に、自ら電話をかけました。
 どの程度の怒りか、話し合いですむのか、裁判まで持っていく気なのか知りたかったのです。裁判は時間もくうし面倒なので、本音を言えば避けたかったですね。言論を生業とする出版社同士、誌面での論争ならこちらとしてはやりたかった訳です。 
 が、宝島社の弁護士はそれこそとりつく島がありませんでした。反論を掲載する準備があることを伝えたのですが、一笑にふされてしまいます。今から思うと、はなから裁判を前提とした内容証明書だったわけですね。僕が甘かったです。

 当該記事は宝島社の内部告発で、それだけに真実性に対しては自信を持っていたし、公益性に関してもサブカルチャー・ファッション誌を多数発売しているような社会的にも大きな影響力を持つ会社の内部を報道することに、何のためらいもなかったのですが、書かれた方は当然頭に来るでしょう。
 ましてや相手は名うての「武闘派社長」蓮見清一氏です。当時の石原都知事にさえ、提訴するくらいの人です。それはそれで、凄いなと感心してしまいますよね。

 その後、再び内容証明書が来ました。
 内容は当時、僕が編集長を務めていた「『ダークサイドJAPAN』の記事のせいで就職希望者が減った。その責任も取れ」というものです。


裁判官から「これからは訴えた者勝ちにしますからね」


 第一回公判後、裁判官から連絡があり、第二公判の前に両者を呼んで、話し合いを持ってもらいたいと言います。
 約束の期日、東京地方裁判所の某階の狭い一室で僕は宝島社の総務担当と弁護士と至近距離で向かい合い、裁判長を上席に仰いで話し合いました。僕は言い分を誌面に書き、この記事が名誉毀損に該当するか、否かを論じることを試みましたが、裁判官は全く無視。
 言うセリフがふるっていました。全く文面を見ようともせず、とにかく結論を急ぎたいらしいです

「こんな書面はどうでもいいから」

途中で僕の言葉をさえぎり、言い放ちます。

「ミリオン出版としては宝島の記事を書いて、雑誌の売り上げに貢献したのだろう。だからその一部を還元するということで和解してもらいたい。そもそも私は週刊新潮の裁判を受け持っているが、全部敗訴にしているからね」

 これにはビックリしました。その後ろでは司法修生らしき若者五人くらいがいたのですが、そのうちの一人は居眠りをしています。僕は脱力しました
 その頃はとにかく、2000年頃の風潮として「訴えたもの勝ち」が裁判の流れになっていました。

「せっかく訴えたのだから、その手間の分だけ、和解という形でお詫びさせよう」というコンセンサスができていたのではないかと思われます。事実、僕は、司法関係者からそういう話を取材で聞いています。
 当時は軒並み、週刊誌の敗訴が相次いでいました。「週刊誌・冬のシーズン」突入の時代でのありました。

 僕はその場で社長に電話をして和解金、謝罪文の内容(級数、行間なども指定される)を説明しました。「君の判断に任せるよ」といわれたので条件を飲むことにしたのです(それ以来、何かあると「君の判断にお任せします」と社長に言われている気がします)。それで、この件は終わったかのように見えたのですが、そう簡単に問題はすみませんでした。

 これは僕の経験不足でもあり若気の至りでもあるのですが、裁判官の態度といい、どうしてもすんなり「お詫び文」を載せることに抵抗があったのです。
そこでお詫び文を掲載したすぐ隣のコラムで「この記事には自信を持っていたが和解した」というような意味の文面を載せました。それを見た宝島社はすぐ反撃に出ます。

 再び提訴です。

 当時の僕は、他誌でもこういった形のお詫び文もあると思っていて、「どこが悪いんだ」などと熱くなっていましたが、今考えると編集長としては全くスマートではなかったです。
 東京新聞の夕刊にもこの件が報道されました。「お詫び文の後に言い訳は通じるのか」というようなタイトルでした。司法クラブの記者が、「何か面白い事ないかな」と載せたのだと想像します

 結局、宝島社の提訴が取り下げられたはずですが、ただ熱くなるだけではこの世界を渡ってはいけない、根回しや時には妥協とも言うべき判断が必要なんだと思った次第。

 あれから十年以上経った今でも、その頃のライターから「相変わらず尖ってますね」と笑われますが、性分だからしょうがないです。とは言え、少しは改めたいな、と思っています。

 その後、「週刊誌の筆が鈍った時代」になっていきました。そこから何誌か廃刊します。「週刊宝石」「読売ウィークリー」等々です。そして、「週刊文春」の一人勝ち時代になっていき、「文春砲」(という言い方はやめた方がいいのではと思いますが)と呼ばれていく、現代に続いていく訳です。(久田将義・連載『偉そうにしないでください。』第十一回)

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