「生きることなんてどうでもいい、ただただエコーが吸いたかった」還暦目前にホームレスになった男

2017年12月07日 ホームレス 生活保護 裁判傍聴

  • LINEで送る
  • ブックマークする
  • シェアする

saibansho.jpg

平成27年2月22日、東京拘置所の中で60回目の誕生日を迎えた男がいた。
男の名は武内幹夫。武内は同年1月6日にJR上野駅構内で、釣り銭を盗む目的で乗車券券売機の釣り銭口に筒状にした粘着テープを貼った容疑で逮捕された。
これはいわゆる「ガムつけ」という行為で、武内は常習犯として以前からマークされていた。

この時は現場を目撃していた警察官が武内を現行犯逮捕したため被害金額は0円。武内は「窃盗未遂」の罪名で起訴され、初公判が開かれる3月19日まで東京拘置所に収監されていた。事件当時、武内はホームレスで所持していた現金は49円。これが全財産だった。

婚姻歴はなく、生活の援助を頼めるような親族や知人は一人もいない。裁判の中で武内はこう話していた。


「釈放されても行く場所なんてない...」


武内は中学校を卒業してすぐに土木関係の企業に就職し、何度か会社を移ったものの土木業一筋で40年以上働いてきた。「体だけは丈夫だった」と話しているので肉体労働も苦にはならなかったようだ。

そんな武内の生活は勤めていた会社が潰れてから一変した。本人の証言によると「会社が急になくなった」らしい。
武内はこの時、豊島区にある親方の家に住まわせてもらっていたが、その親方も姿を消した。こうして住む家と仕事を同時に失った武内だったが、まだ状況をどこか楽観視していた。自分は土木なら40年以上の経験がある。再就職先は貯金があるうちにすぐ見つかる。そう思っていた。

しかし、いくら経験があっても50歳を過ぎた武内を雇ってくれる会社は見つからなかった。ずっと土木一筋で歩んできた武内だったが、もう土木業界に彼の居場所はなかった。かといって今さら他の職種の仕事を覚えることなんて出来るわけがない。
仕事は見つからないまま日に日に貯金額は減っていき、やがて新しく借りたアパートの家賃も払えなくなった武内は60歳を目前にしてホームレスに転落した。


「エコーが吸いたかった」


これが武内の犯行動機だった。ホームレスになってからはいつも路上に落ちてる吸殻を拾って吸っていたが、なかなか見つからない時も多くて犯行に及んだのだという。

現金をほとんど持っていない武内は食事もろくに取っていなかった。検察官に、

「タバコより食べ物はどうするつもりだったの?タバコ吸っても生きていけないよね?」

と問われた武内はこう答えている。

「もう別に生きていけなくてもいいかな、と思って...」

武内にとって生きていくことは、一番安い銘柄のタバコを吸うことよりも優先順位が下になっていた。中学校を卒業して以来40年、ずっと真面目に働き続けて60歳を迎えた男がたどり着いたのは「別に生きていけなくてもいい」と思うような場所だった。

社会復帰後は生活保護を受給しながら生活するつもりだと話していた。今後、彼はどんな人生を歩み、どこへ往くのだろうか。これから先も、彼の人生は続いていく。


取材・文◎鈴木孔明

  • LINEで送る
  • ブックマークする
  • シェアする
TABLO トップ > 特集 > 「生きることなんてどうでもいい、ただただエコーが吸いたかった」還暦目前にホームレスになった男
ページトップへ
スマートフォン用ページを表示する