【はあちゅう問題】広告代理店のクリエイティブ部署はそんなに偉いのか? を元博報堂の中川淳一郎さんに解説していただきました【電通怖い】

オレに関する怪文書を書いた奴

はてな匿名ダイアリーに「はあちゅうやヨッピーが強気でいられる理由についての怪文書」という日記が登場した。内容は、元電通の著名クリエーターでその後独立した岸勇希氏が、当時会社の後輩だったブロガー・作家のはあちゅう氏にセクハラ・パワハラをした件にまつわる荒唐無稽の陰謀論である。

この件についてはあちゅう氏もこれ以上騒がれるのは本意ではないだろうから、本稿では彼女への言及はしない。ただし、オレ自身にまつわる陰謀論もこの日記には書かれているのでそこについてだけはきっちり反論しておこう。これを書いた人物は、オレが12月19日の深夜に連投したツイートを基に、壮大なる陰謀ストーリーを作り上げている。詳細は省くが、著者ははあちゅう氏と、彼女を擁護したウェブライターのヨッピー氏がなぜ、ここまで強気でいられるのか、について予想を展開する。

そこで颯爽とキーマンとして現れるのが日記内で「小物」と称されているオレなのである。オレは19日に岸氏及び電通・博報堂を中心とした広告代理店のクリエイティブ部門がいかにクソかを書いた。この内容はご丁寧にも引用されているし、オレのツイッターにも残っているので、ここではいちいち紹介しない。オレが連投した理由は3つ。

・酔っ払っていたから(しかもその前の飲み会でこの件についてけっこう話題になっていたから)

・調子に乗った大手広告代理店の現役及び出身クリエーターが嫌いだから

・広告代理店内にある「部署ヒエラルキー」が嫌いだから

これだけである。よって著者が書くところの陰謀論はすべて「アホ」と言う次第である。ただし、指摘されている「サイバーエージェントとオレが仕事をしている」というのは事実だ。もう付き合いは16年にも及ぶし、自分にとっては大口顧客である。ただ、16年の付き合いなんてものは真面目に仕事をしていれば普通にあるだろうよ。単にこちらが発注に対し、ガタガタ文句も言わないし、金額に不平不満を漏らすこともなく、担当者との人間関係も良好だから色々と相談してもらえているだけである。

これ書いたヤツ、

〈僕は今回の登場人物と間接的に交流のある人間です。とはいえ、この件については全く知らされていないので、最近の環境から語ってるだけです〉

と書いているので、まぁ広告関係者かウェブメディアの関係者だろう。お前、よっぽど他人から信頼されない仕事してるんだな。哀れなヤツだ。

〈彼がもっとも密な関係にあるネットの企業人は誰か、知っている人はもちろん知っているだろう。そう、サイバーエージェントであり、その社長の藤田晋だ。中川と藤田の関係については、昔、自身のブログ記事などでも書いていたのだが、検索してみたらちょっと出てこなかった。しかし、サイバーエージェント関連でかなり密に仕事をしていたのは、調べればいくらでも出てくる。

そして、最近のサイバーエージェントの広告代理業(ネット広告ではなく、マス広告やリアルメディアへの進出)と突き合わせると、この件、かなり納得いく。つまり、この件、#MeTooというタグを通じた、電通(というよりも、マス広告向け代理店)対サイバーエージェントの覇権戦争なのだ。〉

「かなり納得いく」って勝手に納得してるんじゃねぇ、このバカたれが。「中川と藤田の関係」ってオレが藤田氏と会った回数なんて10回程度で、内3回は仕事と関係なくビルのエレベーターで会ったのと、ラーメン屋で居合わせただけだ。飲みに行ったのは1回だけ。何やらオレが同氏から指示を受け、工作活動でもしていると曲解しおって。そんなもんはない。

なぜ「#MeToo」の動きがサイバーエージェント主導でやっていたということになるんだよ? ハリウッド発の告発の裏にサイバーがいるわけねぇだろ。雪が降るのも北朝鮮がミサイル打つのも電通が暗躍している、的文脈で書くバカもネットには時にいるが、お前も同様のバカだ。そのうえで、はあちゅう・ヨッピーの2人が強気でいられる理由は後ろ盾に藤田氏がいるからだ、という結論に至るのである。

この件については完全に「妄想バカ野郎。一生妄想頭で生きては自分が世界の王様になった気持ちにでもなって幸せな人生を送っとけ」とだけ言っておくが、今回編集部からの依頼は「広告代理店のクリエイティブってどんなもの?」について書け、という指示なので、この件は放置してそこを書く。

 

クリエイティブ部署に配属されるのはそんなにエラいのか?

 
オレは1997年に博報堂に入った。会社に入り、研修の時は皆同じような扱いを受けているのだが、配属されてから妙にヒエラルキーを感じるようになった。基本的に広告代理店の仕事は「営業」が「スタッフ部門」(マーケ、制作、SP、PRなど)の部署の局員に仕事の依頼をし、プロジェクトが動き始める。オレはCC局というPRのスタッフ系のマイナー部署に配属されたのだが、営業からは「同じ会社の仲間」的扱いを感じた。もちろん、優秀なCC局の先輩に対しては「○○さん、お願いします!」と営業は頭を下げていたものの、基本的には「仲間」である。

それは、マーケやSPの部署の人間と営業の関係でも同様だった。まぁ、サラリーマンなんてものは、上司・部下の関係ではエラソー、ペコペコ、という関係は成立するとは思っていたのだが、部署をまたげば関係ないと思っていた。ただし、クリエイティブも交えた会議に参加して、違和感を覚えた。

入社1~2年目のクリエーターが年上の営業に対してタメ語なのである。また、打ち合わせをする場合、会議室がどの部署に属する会議室かにより、コピーを取る人間は変わってくる。CC局に併設された会議室であれば、当然CC局の最若手のオレがコピーに行く。営業も「よろしく!」なんて言っては紙を渡してきた。

だが、クリエイティブの会議の場合、クリエイティブの若手がコピーを取りに行くことは皆無で、営業の最若手がコピーを取りに行っていた。さらには、弁当や飲み物まで要求する始末だった。我々の部署の会議で飲み物や弁当が出ることなど皆無だが、クリエイティブの会議ではこれが当たり前だったのだ。そして、クリエイティブの責任者たるCD(クリエイティブ・ディレクター)は打ち合わせに遅刻するのは普通の行為として捉えられていた。1時間半遅れてやってきたにもかかわらず、ヘラヘラと笑い、営業は頭を下げて出迎える。あとは「神の裁定」を待つ。その人物がもっとも気に入る案が何かを拝聴するのである。最近でもオレは広告代理店と仕事をしているが、それほど体質は変わっていない。

オレ自身は、営業こそが会社の命運を握っており、もっと尊敬されてもいいと思っていたのだが、広告代理店のクリエーターがなぜかエラソーな理由がよく分からなかった。電通の営業マンはクリエーターと営業の関係についてはこう語る。

「パッとしないクリエーターに対しては営業は偉そうです。でも、スタークリエーターに対してはものすごく丁寧。そこは、博報堂の営業担当とあまり変わらないと思います。ただ、電通の営業は、『自分達が仕事を取ってきている』というプライドはあるし、『スタッフなんてオレらの一存で変えられる』という傲慢さも若干持ち合わせている」

こちらの方が健全に見えるが、しかしながら、今回の岸氏はスタークリエーター。色々と周囲からのタレ込みもあったが、まぁ、相当ちやほやされていたようだ。しかも、広告代理店のクリエーターの場合は「徒弟制度」的なところもあり、一旦イケてるクリエーターの下につけば、その下に着いた人間も出世がグンと近づくこととなる。

営業で出世をするには、「100億円の扱いの競合プレゼンで勝利した」やら「すべての取り扱いを電通(博報堂)から奪った」といったとんでもない実績と運が必要。だが、クリエーターの場合はプレゼン勝率が高いことに加え、カンヌで賞を取った、やらCM総研のランキングで上位に入る”作品”(この言い方は嫌いだ。広告は販促物だろうよ)を繰り出せば「エース級」としての扱いを受けられるようになる。

しかし、CM総研のランキング上位に入るのはクリエイティブが優れているというよりは、出稿量に依る部分が大きいので、完全に信じるわけにはいかない。各種広告賞にしても本来の広告の役割である「販促物」としての優秀さではなく、業界ウケするオシャレだったりひねりがあるものが選ばれがちである。

こうした状況を見るにつけ、オレは広告業界で生きていくのがキツくなってしまった。会社を4年で辞めた最大の理由は「出世できなそう」ということで、次が「もうサラリーマンはやりたくない」と「残業時間が長すぎた」だが、次の理由が「社内ヒエラルキーの残酷さは見てられない」という点にあった。

最初は同じ立場として入ったのに、片やネクタイにスーツ、片や自由な格好でサングラスもOK。紙袋を両手に抱えて掲載誌をクライアントに渡すべく電車に乗る若手営業マンと、「いつかは新人賞を取れる」「いつかはカンヌでゴールドを取る」という夢を抱き続ける若手クリエーターがいる。若手クリエーターは「1000本ノック」と題するコピーをひたすら書き続ける修行をするなど、裏で頑張ることはあるが、いつか報われる日が来る、とも考える。

あとは、制作会社の給料の安い若手クリエーターが考えたコピーやCMのコンテがベースとなって完成したとしても、実際に考えた彼らではなく世に出る名前は広告代理店のコピーライターやCMプランナーだったりする。彼らと広告代理店のクリエーターの間にどれだけ実力差があるのかは分からないが、左翼的考えもある私からすると「この格差はいかん」と思い、もはや自分もこの「搾取する側」にいるのに耐えられなくなってしまったのだ。

こうしたヒエラルキー構造がある中、トップに君臨する広告代理店のトップクリエーターは会社で数々の機会を得た後独立し、「億」単位の年収を手にすることとなる。人はチヤホヤされると高圧的になったり、すべての女はオレになびくはず――。こんな考えを抱いてしまうが、若手会社員の頃からその萌芽は生まれているのではないか? ということを今回改めて思った次第だ。

文◎中川淳一郎