「僕は死にたくない」 涙ながらに筆談する夫の首を絞め殺害した妻

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「母ちゃんが大変だ。父ちゃんの首をしめたって言ってる!」

 弟の裕太(仮名)から電話で連絡を受けた秋子(仮名)は夫とともに実家に向かいました。実家に着いた彼女が初めに目にしたのはリビングで倒れている父の姿でした。
 この時すでに父は亡くなっていました。慌てて父に駆け寄ろうとした時、隣の部屋に母の姿、カーテンレールに紐をくくりつけて首を吊っている母の姿が見えました。カーテンレールは折れ曲がっていて、わずかに足が着いている状態で母は苦しそうにうめいていました。
 すぐに紐を外して救助しましたがその時の母はとても興奮していました。床に寝転がり、泣きながら大声で叫んでいました。
「死なせて! お願いだから死なせて!」
 秋子はこの時の母の様子を
「今まであんな母の姿を見たことがなかった」
 と供述しています。

難聴の夫との生活に疲れ果て……

 殺人罪で起訴された落合りん(仮名、裁判当時70歳)は、小柄などこにでもいそうな普通のおばあちゃんでした。とても殺人を犯すような人には見えません。
 しかし彼女は、テレビをを観ていた夫の背後から近づいて腰ひもで首を締め、夫がうめき声をあげて苦しんでもやめるどころかさらに強く腰ひもを引っ張って殺害しました。
 夫を殺害したあとに自殺するつもりだった彼女はあらかじめ遺書を書き残していました。

「精神的にも金銭的にももう疲れました。もう頑張れません。精一杯悩んだ結果、死を選びました。現金はもうほとんどありません。保険金で借金はよろしくお願いします。裕太と秋子が苦労するから、じいじは連れていきます。今までありがとう」

 以前に一度、彼女は夫に心中を持ちかけたことがありました。夫には聴覚障害があるため、その会話は筆談でのものでした。

「わたし、死にたい」
「死んじゃダメだ。一人じゃ生きていけない」
「じゃあ、一緒に死のう」
「俺は死にたくない。お母さんも死んじゃダメだ」

 俺は死にたくない、その文章をノートに書いている時の夫は目に涙を浮かべていたそうです。この会話から1か月後に事件は起きました。

 難聴の夫とコミュニケーションをはかることは難しかったようです。

「自分の気持ちが伝えられない寂しさがいつもあった」

 と彼女は供述しています。難聴だけでなく、認知症の症状も出てきた夫と今後も生活していくことに、彼女は強い不安を抱いていました。
 経済的にも困窮していました。パート仕事などをしていましたが、高齢の被告が稼げる額などたかが知れています。事件が起きるしばらく前から、ローンや保険料などの支払いを滞納することがしばしばあったようです。
 そして、彼女自身も以前からうつ病の症状が出ていました。事件の2年前には川に飛び込んで自殺未遂をしたこともあります。

生きていてもいいことなんて何もない

 犯行動機はいくつかあげることができますが、一番大きな要因は『誰一人として彼女を助けてくれる人がいなかった』ということだと思います。自殺未遂の時に行政も家族も彼女の抱える問題に気づいていましたが手を差しのべることは出来ませんでした。
 拘置所に勾留中に面会に来た精神科医に彼女は心境を語りました。

「精神的に参ってる。もう私は死んだ方がいい。これから先も希望がない。生きていてもいいことなんて何もない。何年後かに社会に出てもどうせ独りぼっち。生きていたくない」

 生後8ヶ月の長男を肺炎で喪った時の悲しみも、裕太がステージ4のガンだと診断された時のショックも、どんな壁も二人で乗り越えてきました。

「結婚生活ってこんなに楽しいのか、と思っていました。幸せでした」

 結婚当時をこう振り返っていた彼女は、47年間の結婚生活を無理心中未遂事件という形で自らの手で終わらせました。

 裁判の終盤、彼女は自らが殺めた夫についてこう話していました。

「憎くて殺したわけじゃないんです。もし生まれ変わったら、また夫と結婚したいです」

 彼女は今後の人生を独りぼっちで歩んでいきます。隣で寄り添って歩いてくれる人はもういません。(取材・文◎鈴木孔明)