上の階の住人が深夜に出す騒音で精神を病んでしまった男が取ってしまった行動とは |裁判傍聴記
下の階の者はさぞかし辛かったのだろう(写真はイメージです)
八木沢史生(仮名、裁判当時41歳)は毎晩眠れない夜を過ごしていました。不眠の原因は真上の階に住む住人の出す騒音です。
どんな人が住んでいるのか、一体何をやっているのかは知りませんでしたが、毎日毎晩深夜までドタバタと何かをしている騒音が止むことなく響いてくるのです。
当時、彼は病気の影響で仕事を辞めていたため、家にいる時間は長かったようです。一度気になりはじめると、騒音が聞こえる間は気が全く休まりません。日に日に精神は疲弊していきました。
もちろん、彼も何も行動をしなかったわけではありません。住んでいたアパートの管理会社に3回、警察にも3回、区役所の騒音対策窓口や法テラスにも相談に行きました。
「上の階の人と直接話すよりも間に誰かを挟んだ方がいいと思いました」
という理由で方々に相談を繰り返していましたが、騒音はまったくおさまる様子もありませんでした。
直接話しに行ってれば何か変わったかもしれませんが、彼は上の階の住人がどんな人かも知らないのです。もし怖い人であったなら(実際には高齢の女性だったようです)どんなトラブルに巻き込まれたかもわかりません。「誰か第三者を挟んだ方がいい」という彼の考え方は正解だったと思います。
しかし現実には騒音問題は何も解決していません。彼はどんどん精神的に追いつめられていきました。
騒音を何とかできないか考えていた彼は、昔自分が被害に遭って「とても嫌な思いをした嫌がらせ」を思い出しました。騒音の腹いせに、自分がされたのと同じことを上の階の住人にもやってやろう。彼はそう思ってしまいました。
謝罪文の受け取りも拒否
1月10日、被害者が外出先から帰宅してきて家の鍵を鍵穴に差し込もうとしました。しかし、何故か鍵は鍵穴に入りません。鍵の修理業者に連絡して来てもらうと、鍵穴に接着剤が流し込まれていたことが判明しました。
この日は業者に直してもらって被害者は家に入ることができましたが、同じように鍵穴に接着剤を流し込まれている被害が12日、13日にも発生しました。その都度、業者を呼ぶ羽目になりました。アパートの管理会社には鍵穴の修理代は自分で出すように言われてしまいました。
警察にも被害を相談し、ドアスコープに小型カメラを設置することになりました。15日、カメラには鍵穴に接着剤を流している犯人の姿が映っていました。犯人はもちろん下の階の住人、八木沢です。彼はただちに器物損壊容疑で逮捕されました。
「被害者がイヤな思いをするのはわかっていました。イヤな思いをさせるためにやりました。自分としては、相手を不快にさせたいだけのちょっとしたイタズラだと思っていて、まさか犯罪になるとは思ってませんでした」
と供述していましたが、被害者が支払った鍵穴の修理代金はそう安いものではありません。被害者は「とても怖い思いをしました。厳しい処罰を求めます」と話しています。よほど腹が立ったのか、謝罪文の受け取りも拒否しました。
この謝罪文の要旨を弁護人が話していましたが「騒音で精神的に参っていました」という、受けとり方によっては皮肉にも取れる一文があったため、ただでさえ怒っている被害者がこれを読んだら火に油を注ぐ結果になった可能性もあった気もします。
集合住宅で生活をしていれば、いわゆるご近所トラブルに巻き込まれてしまうこともあるでしょう。多少のことは我慢してお互いに許容しあっていければいいのですが、価値観の違う人が集まって暮らしているアパートなどでは、そううまくいかないこともよくある話です。
彼はもう東京のアパートには懲りたのか、今後は山形の実家に戻って生活をするようです。
事件の発端は被害者のおばあちゃんが出していた騒音です。毎日夜中まで被害者は一体何をしていたのでしょう? この点については裁判では触れられることがありませんでした。彼が転居して空いた部屋の次の入居者は、気の毒としか言い様がありません。(取材・文◎鈴木孔明)