【未解決事件の闇21】女性編集者失踪・遺体を遺棄した現場~海・後編
元同僚の女性のところに寄せられた情報を元に、僕はXの家から2キロほどとかなり近い引本浦という集落に出向き、彼女に教わった情報提供者の番号にダメ元でかけてみた。どのあたりにXが船を出したのか、聞いてみたかったからだ。
「突然の電話すいません。今回は辻出紀子の件で情報を寄せて下さってありがとうございます。ところでXのことなんですが、夜に無灯火で引本から船を出したって聞いたのですが本当なんですか」
相手に息をつかせないように一気に言い切った。すると、男は思いのほか友好的だった。
「いや、こちらこそ地元の者として、情報の提供をせなあかんと思いまして、連絡させていただいたんです。そんで船かどうかってことですか。それは違いますよ。引本の漁港あるでしょ。そこの岸壁に海に降りる階段がありまして、そこからボンベ背負ってXが潜っていくのを見たんです。ワシは以前、引本に住んでたんですが、眠れんときに夜中、散歩してたらたまたまXが海に入ろうとしてるのを見かけたんです。そんな夜中に、普通考えたら変じゃないですか。別件で逮捕されて無罪になったXがシャバに戻ってきたあとのことです」
「え、失踪の直後じゃないんですか。じゃあ何が目的なんでしょうか」
「岸壁の下に洞窟があって、Xはそこに遺体を隠したんとちゃうか。あいつ変態やから会いにいっとるんとちゃうかって。それこそな、スナックで気に入った女の子に別の男が手を出そうとして、Xがアイスピックを持ってそいつを刺したことがあるぐらいや。あいつ、事件以前から釣り船とかいけすの下に潜り込んだりしてトラブルが多かったんやわ」
もしそれが本当だとしたら、辻出さんがXと会ってから1年近くもたっているのだ。肉が残っていたとしても、海水によって、体はかなり膨張していたはずだ。そんな変わり果てた姿になった遺体を普通見にいくだろうか。僕は首をかしげた。だが一方、男の情報はA子が話したとされる「殺してと言ったら本当に殺してしまった。得意のダイビングで海に捨てた」という言葉と符合しているのも事実である。
引本港は尾鷲湾の奧にある支湾、その入口に位置している。北東方向に約5キロほど細長く広がっている。当初は、Xが無灯火で船を出した引本港から出る釣り船を30分か1時間ほど船頭付で借り、案内してもらおうと思っていた。引本港には釣り船業者がいくつか存在しているので、そんなに難しい事ではないだろう。そう思っていた。
船を貸してくれたのは湾の最奥部の集落にある釣り業者だった。海上の筏や手こぎボートから外洋に出ての本格的な船釣りまでを手がけている。普段船をこいだりしないのに、いきなり片道5キロをこぐ自信はない。かといって外洋に出る漁船は大きすぎる。ならば正直に相談してみよう。
「すいません、船をお借りしたいんですけど、釣りが目的じゃないんです。引本の集落付近まで行って帰ってくるだけでいいんです。15年ほど前に起こった伊勢の記者失踪事件というのがありまして、僕はその事件を追っているライターで、彼女の知人の者です。彼女がこの付近の海に遺棄されたという話があるので、現場に行きたいと思っているんです」
断られるかと思ったら、逆に渡りに船だった。
「ああ、それならね。エレキ船がいいよ。これなら船舶免許もいらない。引本までは少し離れてるから、予備のバッテリーもつけておくよ」
エレキ船とは聞き慣れない船だ。だが、なぜこんなに協力的なんだろう。首をかしげると、70歳ほどの店主は理由を話した。
「あの行方不明になった子、何度か見たことがあります。一人で来て近辺の店とかを調べとった。早口の伊勢弁を話しとったから間違いない。私、Xのこと、よく知ってますよ」
※つづく
Written&Photo by 西牟田靖
辻出さんはどこへ?