【未解決事件の闇23】女性編集者失踪・容疑者Xの痕跡を訪ねて
リアス式の入り組んだ海岸とすぐそばにまで迫る山という険しい地形に挟まれた小さな平地にその集落がある。駅の周囲には住宅に交じってちらほらと店がある。駅から数百メートルのところには、辻出さん失踪の直後にXが車内クリーニングを頼んだガソリンスタンドがある。当時を知る店長に失踪の件を当ててみた。
対応した店長はこの手の店に典型的な威勢のいい大声の持ち主だった。しかし僕が、「Xのことで話を聞きたいんですが」と言うと、急にトーンを落とし、ひそひそ話になった。
「1998年11月26日の昼前に来たけど、車内は洗車の必要がないほどにきれいでした。当時、そう言ったような気がするな。あのとき掃除機は女の子がかけたので私、詳しくは知りません。掃除っていっても単に掃除機をかけるだけです。掃除はときどきかけにきてました。最近はこないけどね」
地元だからはっきり言わないだけか。そうではないのか。真意はよくわからなかった。Xは釈放後、A子の住む名古屋のマンションにしばらく身を潜めた。その後、A子と別れ、事件のことを知らない別の女性と結婚。同じ場所に家を建て替え、逃げることなく、同じ場所に両親、妻、そして間にできた子ども3人とともに住んでいる。
「小学校の運動会に親子で出たりしてますよ。事件発生当時はね、警察の張り込みとか逮捕とかがあって騒然としとったけど、15年たって、町の人はみんな忘れてますわ。私やって忘れてたぐらいですから」と近所の人が言う。
そう話してくれた人は、A子とXが事件直前に毎日逢い引きをしていたビジネスホテルのおかみである。Xの自宅近くの国道沿いにあるその宿で、二人は3ヵ月もの間、フロントに近い○○号室を占有していた。
「夕方になると男性がやってきて、二人分の宿泊費8000円を払うのが日課でした。ほんとはふたりで1万円なんですけど、長期だし電気は昼使うってことで2000円値下げしました。男性のほうは男前やけどほとんどしゃべらん子でした。女の子のほうは、化粧にしても服にしても派手な美人でしたね。駅のそばに住んでるってことは、彼が乗ってくる車が駅前に停車してあるのを見て知りました。だけど、あないな風になって捕まるとはよもや思いませんでした」
おばさんはサスペンスドラマのあらすじを井戸端会議で熱く語る主婦のように、口から泡を出すように興奮して話した。Xの性癖からすると、部屋で何をしていたのかは言わずもがなだろう。
「それって何号室だったんですか」と聞くと、おかみさんは「あんたの泊まってた○○号室や」と答えた。僕が昨晩寝たベッドこそが、二人が毎晩一緒に過ごしたベッドだった。辻出さん失踪の後、Xの実家のそばの家で二人で住むことになるが、それまでの3ヵ月、この部屋でXはA子との仲をはぐくんでいた。そして1998年11月19日、A子はホテルを飛び出し、名古屋に戻っている。XとA子のケンカが原因だった。A子は気性の荒い女で、Xとつかみ合いのケンカをしたこともあった。A子が名古屋に向かった19日、Xは別居中の当時の妻・佳美に「俺、警察に捕まるかもわからへん」と電話しているそうだから、X自身、A子にふるった暴力のひどさを自覚したのかもしれない。
同棲していたのがこの部屋なのだから、ケンカしたのもこの部屋に違いない。XとA子がケンカしなかったら、辻出さんの運命は一変していたのだろう。僕はまさに辻出さんの運命を変えるきっかけになった、その現場に泊まったということらしかった。おかみの話を聞き、おぞましくて虫ずが走った。
※つづく
Written&Photo by 西牟田靖
ついに次号が最終回!