【未解決事件 File.1】 池袋駅立教大学生殴打殺人事件 最終章【消えた殺人者たち】
犯人の似顔絵(警視庁ホームページより)
1998年。東京のターミナル駅として有数の駅、池袋駅の夜のラッシュ時。サラリーマンに殴られて、一人の大学生、小林悟さんが命を落とした。ラッシュ時の乗客は数十人。衆人環視の中、犯人は山手線外周りの電車にゆうゆうと乗り、そして都内のどこかに姿を消した。似顔絵が警視庁から発表されていく年月。いまだに犯人は逮捕されていない。その夜の犯人の足取りを追ったーー。まずは父親の小林邦三郎さんの犯人確保への涙ぐましい努力。そして一時は犯人に迫ったのだ。
事件が起きた池袋駅・山手線外回りホーム
[前回までの記事]
第一回
http://tablo.jp/case/news002824.html
第二回
http://tablo.jp/case/news002855.html
第三回
http://tablo.jp/case/news002870.html
犯人の男から被害者は逃げようとしていた
数々の「理不尽」が邦三郎さんを襲った。しかし、それでも事件の目撃情報が続々と届き始めた。警察も当初の単なる傷害致死事件という軽い扱いから、やがてかなりの捜査員を投入する力を入れた捜査態勢をとることになった。96年12月には、邦三郎さんは犯人逮捕につながる情報に対し、懸賞金200万円をかけ、情報提供にはずみをつけた。
「その結果、息子は酒に酔っていたので後頭部から無防備に倒れたという説も誤りだと分かりました。息子は現場でいったん、トラブルを避けて逃げようとしたんでです。そこをどうやら犯人に捕まえられて、引き倒されたようです。
その時に、後方の誰かが息子を助けようと思ったのか、『やめろ』と叫んだようです。息子はそちらの方を振り返り横を向きました。そこにちょうど犯人の平手打ちが入り、無防備のまま息子は頭からホームに叩きつけられたのです。倒れたところが運悪く、視聴覚障害者が使う点字ボードの堅い突起の上でした。これが平なところだったら頭蓋骨骨折まではいたらなかったかもしれません。
ただ、そうやってけいれんする息子をしり目に『やめろ』と叫んだ人もそのまま電車に乗って去ってしまったようです。せめて息子を介抱してくれるなりしてほしかった」(父・邦三郎さん談)
そして地道に犯人捜しの運動をする邦三郎さんの目の前に思わぬ人物が出現した。犯人らしきSの姿を目の辺りにしたのである。
北千住駅前
犯人らしき男を北千住駅で発見
事件から一か月ほど経った5月25日、邦三郎さんは北千住駅で犯人の似顔絵によく似た人物を見つけた。邦三郎さんが思わず後をつけると、男は駅前のパチンコ店に入っていった。邦三郎さんも続いて入り、様子をうかがった。
夜の10時ごろ、男はおもむろに席を立って玉の両替に向かった。そのまま外に出たので邦三郎さんは10mくらい離れてあとをさらにつける事にした。
男は北千住駅に向かった。駅の階段で二人の主婦とすれ違った。すると主婦は、
「ねえ、この間テレビ見た? (今の人)頬に傷があったじゃない?」
と口にしたという。
「顔に傷があったかどうかまでは、私も見ていませんでした。でもそんな主婦の声を聞いて、これは本当に怪しいと思ったんです」
男は常磐線の改札口をくぐっていった。邦三郎さんもあわてて後をつける。常磐線に乗る前に男は電話をかけていた。
「バカヤロー! 知るかよ!」
男は受話器に向かってあらっぽくそう叫ぶと電話を切った。そして下りの快速に乗りこんだ。電車の中では、なかなか邦三郎さんの方へ顔を向けなかった。もしかしたら尾行に気づいているのではないか。邦三郎さんはそう思ったのだという。
男は用心深かった。常に窓の外に顔を向け、自分の顔が他人に分からないようにしていたという。
「まるで、自分の顔が他人に見られたらマズイといった感じでした。私は直感で、これはひょっとすると犯人では? と思ったのです」
男は柏駅で降りた。
実はそれまでに「柏駅で犯人らしき男を見た」という信頼できる証言が寄せられた場所だった。それだけに邦三郎さんは緊張した。男は乗り換えず「そごう」寄りの改札口から外に出てた。そして売店の方に向かい、そこでビールを買って口にした。
男はビールを飲み終えると、また改札口をくぐり、中に入った。ちょうど男が我孫子方面のホームの階段をくぐったところで、あいにく電車が到着。大勢が降りてきたところで、邦三郎さんの視界を遮った。その間に男は電車に乗ってどこかへ消えてしまった。
男は定期を使っていたという。
従って、柏と我孫子の間に住んでいるのではないだろうか。そう推理した邦三郎さんは、会社に一週間の休みをとって、柏駅とその前後の駅で張り込みを試みた。同時に警察にも通報し、駅の監視テープを取り寄せて調べてもらったが、なんと翌日の分がすでにテープに重ね撮りされていて、肝心の映像が消えてしまっていた。
一週間の張り込みの間も、再び男が現れる事はなかった。男はまたもや雑踏と電車の中に消えていった。
しかし、邦三郎さんは、ここで諦める事はせず、柏市、流山市、沼南町、我孫子市の4市町村で犯人の似顔絵の提示と同意をお願いした。
最初は「前例がない」と無下に断られた。しかし、地道に関係者に働きかけて、なんとか同意を実現したのだが、犯人逮捕につながる情報はまだ得られていない。そして2018年現在もーー。(「消えた殺人者たち」より再録・加筆)
取材・文◎石川清