海賊版サイト『漫画村』を発端とした「ブロッキング問題」に賛否両論(2)

 前回の記事で、海賊版サイト対策として政府が要請したブロッキングには、重大な欠点があると指摘しました。今回はその続きとして、実務面から見たより具体的な問題点について解説します。

 さて、前回の最後にこのように述べました。

「この安易なブロッキングという処置は、むしろ海賊版の横行を招き、日本からは手出しができなくなり、クールジャパン戦略が再起不能なレベルにまで瓦解する可能性も秘めています。」

 まずはこの「どうしてブロッキングがクールジャパン戦略の害になるのか」について説明します。

海賊版の存在を知る機会がなくなる

 少し想像力を働かせてみて欲しいのですが、仮にあなたが大手出版社に勤めていたとします。その出版社はドル箱と呼べる人気マンガを持っており、海外進出も視野に入れています。ところが、人気作品だけあって新刊が出るなりtorrentファイルが出回り、zip形式でダウンロードさせる違法サイトにも掲載され、ご丁寧にアメリカ・中国・韓国・フランス・ロシア・タイなどに向け、各国の言語に翻訳されてばら撒かれてしまいます。

 当然、コンテンツホルダーとしてそうしたサイトは発見次第に然るべき窓口に通達し、法的処置も辞さないという厳しい姿勢で削除するよう働きかけます。非常に労力のかかる作業ですが、これを怠ると海賊版が蔓延し、重大な損失に直結しますから、手を抜く訳にはいきません。あなたは毎日のように自社の作品のタイトルを日本語・英語・中文などで検索し、違法なデータが出回っていないか監視します。

 ここで、今回問題となっているブロッキングという手法を思い出してください。

 そのような悪質なサイトへの接続が遮断された場合に、自分達が権利を持つ作品の海賊版の存在を、どう突き止めれば良いのでしょうか。

 検索エンジンを使おうと何をしようと、ブロッキングされたサイトは日本からは見られないのですから、コンテンツホルダーであっても違法アップロードの実態を知る手段を失います。

 そうなれば悪人に「日本の企業は気付かない」と知られ、ますます日本製のコンテンツの海賊版が作られ、好き放題にばら撒かれる事になります。それに対し、日本からは見られなくなるのですから、データの削除を要請するといった対策も出来なくなります。

 そのような状況が何年も続けば、日本製コンテンツはタダで当たり前となりますが、そこに作品を持ち込んで「さあクールジャパンです、買ってください」と言ったところで、どれだけの売り上げが期待できるでしょうか。

 こうした事態を解決するために、仮に出版社や映画会社など創作物の権利を持つ会社に対して、何らかの方法でブロッキングを突破する免許のようなものを与えたとします。そのような例外を作れば、必ずそこが穴となり、悪さを思い付く人間が現れ、コンテンツホルダー以外でもブロッキングを無視できる手段が流布するでしょう。

 別の方法として、警察に利権を渡す形にするなどし、海外の海賊版を自由に調べられる監視団体が作られたと仮定します。その場合、その団体がマンガ・映画・AV・アニメ……と、星の数ほど生み出される日本製コンテンツの全てを把握し、海外サイトの監視を一手に引き受ける事になります。果たしてそれは現実的でしょうか。

 しかも、海賊版の横行は企業の権利物に限った話ではなく、さらに膨大な数が生み出されている同人作品も含まれるのです。単なる一般市民である同人サークルなど、上のどのような手段を選ぶにしても切り捨てられる事にしかなりません。言ってみれば棄民とされるようなものです。

 政府や、それを支持する企業は「ブロッキングという手法はあくまで臨時のものだ」と主張していますが、前回も指摘したように「今回問題とされた3サイトはすでに閉鎖済」なのです。では何のためにブロッキングを施すのでしょう。今後も同類の違法サイトに対してブロッキングを行う、その既成事実作りというだけの話と考えるしかありません。しかしそれをしてしまっては、上記のような取り返しのつかない悲惨な状況に追い込まれる事が想定されるのです。

 表現規制や業界の萎縮を狙った脅かし、果てにはこのような愚策極まりないブロッキングと、これでどの口が「クールジャパン戦略」などと言うのでしょうか。まったくもって理解に苦しみます。


『実例を元にした悲劇のストーリー』

 最後に、直近で起きたとある騒動を例に挙げます。
被害者のいる話なので情報を極力ボカしますが、ここ1~2か月の間に、複数の有名AV女優の出演作品の無修正版(モザイク編集前のもの)が、とある場所で販売されるという騒動が起きました。そこはユーザーがアカウントを開設し、動画などのデータをアップし、金額を設定すれば、自由に販売できるというサービスです。

 その際は運が良かったのか、権利者であるAVメーカーも、販売場所に選ばれたサイトの運営社も、即座に「おかしい」と気付き、迅速な対応がされ、アップからほんの僅かの時間で削除し尽くされました。一説によると権利者側から「そのアカウントに紐づいている口座への入金を止めて欲しい」という要請もあったと伝え聞きますので、おそらくその一件で犯人の懐に入った金はほぼ無いと考えていいでしょう。

 ちなみに、流出したAVは全てとあるAV監督の作品だと言われており、その人物は昨年から失踪状態にあるそうです。近い人間の話では周囲に借金をして回っていたとの事で、状況証拠からは限りなく黒だと判断できます。

 さて、この騒動の舞台となったサイトは違法アップロードの温床と言われていた過去があり、今ではかなり健全化されているのですが、悪いイメージは未だに拭い去られておりません。仮にこのサイトがブロッキングの対象となった後に、このような騒動が起きていたとしたら、どのような状況になっていたでしょうか。

 違法な手段でアップロードされた何らかのデータが販売され始めても、日本にいる限りはその事実に気付けません。ネットの世界の情報伝達速度を考えると、1か月もすれば日本以外の多くの国のユーザーの手元にデータが渡る事でしょう。そのデータを我が物とし、別の場所で販売する事を考える輩も必ず現れます。そのようにしてデータが巡り巡って、たまたまブロッキングの対象になっていない場所にアップロードされた時に、やっとの事で日本の権利者は事態に気付くのです。

 AV女優はモザイクがかけられる前提で仕事をしているのに、与り知らない内に無修正の作品が世界中にばら撒かれ、回収も削除も不可能、さらに一銭にもならないという状況に追い込まれます。

 ついでに言えば、元データを流出させた犯人は、ブロッキングを目くらましに使い、まんまと売上金をせしめて逃げる事が出来たはずです。

臭い物に蓋をしても、臭い物は無くならない

 いくらネット上に海賊版が溢れ返っているとしても、「日本からの接続を禁じればいい」というのはあまりに浅はかであり、回りまわって権利者の首を絞める結果にしかなりません。臭い物に蓋をしたとしても、蓋の下には動かぬ事実として臭い物があり続けるのです。

 今回は政府と企業の連携プレーのような話になっていますが、もし本気で海賊版対策をしたいならば、企業がやるべき事は「海賊版に対する国家間の取り決め」をするよう政府に働きかける事だったのではないでしょうか。民間企業が国を跨いで対策するのは無理がありますから、そこにこそ国家の後押しを求めるべきだったように思えてなりません。

 何にせよ、ブロッキングという選択肢では誰も得をしないどころか、みんなが損をするという結論にしか至らないのです。(文◎荒井禎雄)