日本で初めて起きた宗教対立による殺人事件 夏休みのキャンパスで狙われた『悪魔の詩』翻訳者|八木澤高明
頸動脈を切り裂いた
事件発生の前日には、中東系の男二人が、五十嵐助教授の研究室のある人文・社会系棟七階を歩き回っている姿が目撃されている。
そして事件当日、五十嵐助教授は午後9時以降に殺害されたことが、胃の内容物による状況によって明らかになっているが、普段五十嵐助教授は午後9時以降に仕事をすることはほとんどなく、8時には大学を後にしていた。
さらには2キロ離れた宿舎には、学生が運転する車か、タクシーを利用していたというが、事件当日は、タクシーを呼んでおらず、迎えに行く予定の学生もおらず、普段の状況とは違った行動を取っていたことが、明らかとなっている。
犯人は五十嵐助教授を背後から切りつけ、胸や腹部三ヶ所を刺したのち、最後に刃を首筋に当て頸動脈を切り裂いている。頸動脈から血を抜く切り方は、イスラム教徒が羊を殺すやり方そのもので、殺害方法からも、イスラム教徒による犯行を匂わせている。無宗教の国とも言われる日本で起きた、宗教にまつわる犯罪であった。
果たして、犯人はどこに消えたのか。死刑宣告を出したイランが関与しているのか。
ちなみに事件発生当時、日本とイランはビザ相互免除協定を結んでいて、イラン人はビザ無しで入国できる状態であった。1991年は、約4万7千人のイラン人が入国している。その後イラン人の不法滞在が社会問題となったこともあり、ビザ相互免除協定は1992年に廃止となった。事件発生年の入国者が過去最高であった。
事件は2006年7月に公訴時効が成立しているが、海外に逃亡していた場合は、刑が適用される。(写真・文◎八木澤高明)