「そうだ金を盗もう」 勤務先の金庫から盗んだ2400万円を持って2年間逃亡した男の末路とは…

開けたら地獄、開けなくても…

高校卒業後、はじめはアルバイトとしてパチンコ店で働き始めた岡和彦(仮名、裁判当時42歳)は、事件発生時にはその店の幹部社員として責任のある立場を任されていました。

彼は閉店作業を終え帰宅するため店を出て歩いていました。何気なく後ろを振り返って店を眺め、タバコを吸いはじめた時に彼は唐突に思ったそうです。

「今日で、会社を辞めよう」

会社に対しての不満はありました。持病のヘルニアもあって以前から退職は何となくは考えていたそうです。ただそれは具体的に考えていたわけではなく、いつかそうなるだろう、というような先の話だと思っていました。

関連記事人生で何一つ幸せを感じて来なかった52歳の男が、全てを捨てやってみたかった「好きなこと」

そして、会社を辞めることを決めた彼の頭にもう1つ唐突な考えが浮かびました。

「どうせ辞めるなら売上金を盗もう」

彼は店にとって返し、金庫の中にあった現金をカバンに詰め込みました。それから同棲中だった交際相手に連絡を送りました。

「犯罪者になりました」

それだけの文面のそっけない連絡です。

この日から約2年間に及ぶ彼の逃亡生活が始まりました。店の金庫から盗まれた金額は2404万9700円です。

関連記事「覚えていない」「500円くらいなら盗んでいい」 無意識の中で万引きを繰り返す男の行き着く先は?

「犯行時の気持ちは自分でも説明できません。お金が欲しかったわけでもなかったし、なんでお金を盗もうと思ったかは今もわかりません」

裁判では彼は衝動的、突発的な犯行だったと話していました。彼は防犯カメラを止めることも指紋を隠すための手袋をすることもマスクや帽子を被ることもせずに犯行に及んでいます。

「どうせすぐ捕まると思っていたので、盗む金額はいくらでもよかったです。500円しかなければそれでもよかったし、1億円あれば1億円でも。とにかく中にあったものを持っていきました」

検察官は論告でこのような犯行対応を、
「安直な意思決定であり、再犯可能性が高い」
と指摘しました。それに対して弁護人は
「突発的で計画性がない。鬱的な心象がうかがわれ自暴自棄だったと思われる」
と述べていました。
どちらも正しいようにも思えます。ですが、事件の前日までまっとうな社会人として生活し前科前歴もなかった彼の心にその時一体何が起きたのかはもう誰にもわかりません。

関連記事毎日することがない、行くところがない、友達もいない……「コールセンター」に自分の居場所を尋ねた男

犯行後、偽名を名乗りながら彼は日本各地を転々としました。その逃亡生活は決して楽なものではなっかったようです。

「自首をしようとは何度も思いました。でも、刑務所に行くくらいなら死んだ方がマシだと思って…。どこかから飛び降りようと思って何度も何度も高い所に行ってみて、でも出来ませんでした」

死に場所を探しながらも死ぬ勇気はなく、かといって自首も出来ず…そんな状態の日々が続いていました。その中で彼は1つの決心をしました。

「お金を使いきったら死のう」

どのみち盗んだお金がなくなれば行き詰まることは明確でした。刑務所にいくという選択肢が彼の中にはなく、それ以外の考えは思い浮かびませんでした。

彼の逃亡生活は警官に職務質問をされたことがきっかけで幕を閉じました。犯行から約2年後のことです。この時、彼が持っていた金額は1万円だけでした。ほぼ全てのお金を使いきり、まさに命の瀬戸際に追い込まれていたタイミングでの逮捕でした。

「あくまで当日にいきなり思いついて犯行に及んだんですよね? こんな人が社会にいていいと思いますか?」

こう検察官に問われた時、彼は声を荒げて答えました。

「だったら死刑にしたらいいじゃないですか!」

その一方で、質問が肉親のことに及ぶとうつむきながら涙声で答えていました。

「留置場で警察官に父親が死んだことを告げられるのがこんなに情けないとは…」

タバコを吸いながら自分の職場を眺めていた時、逃亡生活中「高いところ」から下を見下ろしていた時、彼の眼に一体どんな景色が拡がっていたのでしょうか?

この事件での求刑は懲役4年でした。
社会復帰後は遺された母親と暮らしながら少しずつでも弁償をしていく、と今後の展望について語っていました。できれば親孝行もしていきたいそうです。(取材・文◎鈴木孔明)