東京五輪にも影響か?避妊薬の市販化を巡って炎上騒ぎの深層

 Twitterを舞台とした炎上案件や通報騒動は多々あるが、つい先日巻き起こった “とある通報騒動” は、「誰も得をしない」「戦いの構図が不可解」 という点で、実に理解に苦しむ内容だった。

 事の顛末はこうだ。Twitterやブログなどを使って、緊急避妊薬の市販薬化の必要性を訴えている女性達がいる。今現在、緊急避妊薬は通院の手間や金銭負担など、入手までのハードルが高すぎ、いざという時に女性が自分で自分の身体を守れない可能性がある。その状況を変えるべく、日本で認可されている緊急避妊薬を、薬局でも買えるように市販薬化して欲しいという主張だ。

 その彼女達は現在 「製薬会社のステマである」「世論工作を行っている」 などと非難を受けている。 厚労省などに 「薬機法違反の疑いがある」 と通報され、挙句に製薬会社やその株主への突撃までほのめかしている人間もいるようだ。

 この事案で最も不可解なのが、攻撃している側もされている側も、はたから見ると双方 “フェミニスト” と一括りにされるような立ち位置である点である。おまけに言うと、双方主だった当事者は女性と思われる。

 攻撃している側の主張を要約すると、「生命を軽視しすぎ」「露骨なステマだ」「発売されて間もない薬で安全面でも倫理面でも問題がある」といった論調で、緊急避妊薬を巡る諸問題を知らない方からすれば、どちらの言い分にもそれぞれ聞くべきところがあると感じるかもしれない。

 この問題は “日本人の性の健康” を考える上で実に深刻なテーマなので、より深く掘り下げるために、攻撃を受けた側のひとりである多摩湖さんに取材を申し込んだ。

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■多摩湖氏への取材

ーー突然で不躾ですが、まず多摩湖さん達の主張をお聞かせ願えますでしょうか?

多摩湖 まず、私達が行っているキャンペーンサイトをお読みください。

『すぐに必要な時がある。緊急避妊薬ノルレボを市販薬に!』
http://ec-otc.blogspot.jp/ 

 私達は、女性が必要に応じて手段を選べるようにしよう、選択肢を増やそうとしているだけで、特定の製薬会社のステマでもなければ、そういった会社との繋がりすらありません。

 私個人は、リプロライツ関連で、中絶を迷っている女性や、中絶を選ぶ女性と接することが多いんです。また 「どうしよう、妊娠したかも?!」 という女性と接することもあります。

 でも、緊急避妊薬の現状は、ほぼ産婦人科でしか処方されませんし、お値段も15,000円からと高価です(病院が悪いのではなく卸値の問題です)。 せめて海外の平均値である2,000円前後の価格にしないと意味がありません。

 そういう事情があり、悩みを抱えた女性から 「どうしよう?!」 と相談を受けても 「お金ある?!」 というところから始めないといけないし、相談を受けた日が土曜日なんてこともあるわけですね。

ーー何か事が起きたタイミングによっては、「恥ずかしい」 とか 「どうしよう」 と悩んでいる内に時間切れということも考えられますね。若い子の場合は1~2万円が用立てられなくて……ということも有り得ますし。

多摩湖 どうしようって泣いてる女性を前に、いつも歯がゆい思いをするんです。セックスした時間を逆算して、ギリギリだなって思って、病院を探して。でも、こんな風に泣いている女性はみんなどこにも相談できないし、自業自得の扱いを受けたりしますよね。そういう姿を見てると、本当に無力でごめんね、って思っちゃうんですね。

 私はナルコレプシーを持ってて病身なのであれもこれもと出来ませんが、せめてこれぐらいは、とやっているのが市販薬化活動です。市販薬化活動は、市販薬化を求める運動でもありますが、緊急避妊薬の認知を上げる運動でもあります。

ーー近い話題で言うと、例えばピルについても、未だに昭和の時代かという ”古臭い常識” を信じ込んでいる女性すらいますものね。 質が悪くて副作用が酷かった時代で情報が止まっていて、「ピルを使うヤツは商売女だ」 のような。

 緊急避妊薬を知らない女性はまだまだ沢山いますから、まずは緊急避妊薬を知ってたどり着いて欲しい、諦めないで欲しい。 「もし妊娠したら中絶しかない?!」 なんて追い詰められないで欲しい。そのために、毎日毎日、呟いているんですね。まずは情報を届けよう、というスタンスでもあります。

ーーそもそもの話もお伺いしたいのですが、なぜ “ノルレボ” なのでしょう? 通報騒ぎを起こしている方達は 「ノルレボノルレボ言っているから、製薬会社の回し者に違いない」 といった論調ですが。

多摩湖 緊急避妊薬ノルレボは、日本で認可されている唯一の緊急避妊薬であり、またWHO指定のエッセンシャルドラッグ(※1) でもあり、スイッチOTC(※2) の候補にも入っています。 他に認可されている薬があって、ノルレボより効果や信頼性が高いなら、私達は当然そちらを推します。

※1 WHO(世界保健機関) が定めた、世界中の人々の健康維持のために欠かすことのできない必須医薬品のこと

※2 これまでは医師の処方箋がなければ手に入らなかったが、薬局でも売られるようになった薬。 OTCは 「Over The Counter」 で、カウンター越しに売られる物(いわゆる市販) へとスイッチしたという意味。

 それと、これはぜひ伝えて欲しいのですが、東京オリンピックの問題についても触れて良いでしょうか?

ーーオリンピックと緊急避妊薬がどう繋がるのでしょう?

多摩湖 緊急避妊薬は、市販薬化されている国も多いので、そういう国から日本に来た外国人は、万が一の時に 「まさか薬局にないなんて」 と不安になるはずです。 その上、産婦人科でしか処方してもらえず、金額はべらぼうに高く、土日祝はさらに病院を探すのが大変で、しかもこういうことをどれだけの人が英語で説明できるのか? 薬局の人は説明できるんでしょうか? “おもてなし” を主張するなら、本腰を上げて国が取り組まなければいけない問題だと思います。

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 厚労省に通報された多摩湖という女性が、いったいどのような思想の持ち主かご理解いただけただろうか。 果たして彼女は通報されるべき人間だったのだろうか。 何より、このような考えで活動している女性を、同じ女性が非難することで、誰が得をするのだろうか。

 今回の騒動をTwitter上で火事に例えている方がおられたが、言ってみれば多摩湖氏らの主張は 「たとえ放火魔に火をつけられても、自力で被害を最小限にとどめられるよう、選択肢を増やそう」 というもの。 それに対し、「そんなことをしたらますます放火魔が付け上がる」 では意味がわからない。 では、放火魔に家に火をつけられたら、むざむざ焼き殺されろとでも言うのだろうか。

 女性が自力で自分の身体を管理する、健康を維持する、問題を解決する、そのための選択肢を増やすというのは、女性の人権や権利という面で当たり前のことのように思う。 選択肢を増やしたことで、性犯罪のリスクが高まるといった懸念があるならば、それを解決するには自衛のための性教育や、犯罪者への厳罰といった手段で臨むべきで、それによって助かる人間も多い選択肢を用意しないというのは愚策であろう。 緊急避妊薬が必要となる事情は人によって様々なのだから、選択肢も様々であって然るべきではなかろうか。

Written by 荒井禎雄

Photo by Jack Mallon

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