「黒子のバスケ」脅迫事件…草下シンヤ『ちょっと裏ネタ』

 人気マンガ「黒子のバスケ」に対する脅迫行為が依然続いている。過去に脅迫者は作者の母校やイベント会場などに脅迫文を送っているが、今回、大手コンビニエンスチェーンや月刊誌の編集部にも文書を送っていたことがわかった。

 売上冊数が2000万部に迫る人気作品だけあり、さまざまな読者がいるのだろうが、なぜそこまで暗い気持ちを持ち、脅迫行為を続けることができるのか疑問である。

「黒子のバスケ」に遥かに及ばない発行部数の書籍をこれまでに刊行してきたわたしだが、裏社会をテーマにしている作品が多いためか、脅迫文を頂戴することは珍しくない。以前、書籍に記していたメールアドレス宛に届いたメールの一部を公開しよう。

 1通目。

「テスト」

メールを開くと、ただこの一文が入っていた。不審に思いながら放置していたところ、翌日、同様のアドレスから次のメールが届いた。

「オマエ、イイカゲンニシロ、サラウゾ」

 わたしは首を傾げた。昨日の「テスト」というメールは一体なんだったのか。メールアドレスが使用されていることを確認するために送ってきたのだろうか。心配性の脅迫者である。ちなみに「なにかありましたか?」と返信したが、その後回答はなかった。

 2通目。 

「一人やっつけてほしい人間がいる。誰か紹介してほしい」

 比較的、この手の「お願い事」メールは多い。

「はじめまして、♪○○○(※人名)♪と申します。不躾ではありますが冷たいものが欲しいのです」「覚悟はあるのでベーリング海でカニ漁をやりたい。どこに行けば働けますか?」などというものだ。もちろん回答としては「そんなの教えられるはずがない」である。

 今回の復讐希望者に対しては、紹介できるはずもないし、そんなことをしても良いことはないと諭す内容のメールを送った。するとすぐに返信があった。

「むかついた。お前を 殺してやる」

 あまりに短気で驚いた。彼にとってやっつけたい人間というのは、わたしにターゲットが変わってしまったようだ。その後「なぜ殺すんですか?」とメールを送ると音沙汰はなくなった。殺すんだか、無視するんだか、優柔不断な人である。

 しかし、復讐系のメールの中で良い展開を見せたものもある。

 3通目。

「はじめまして、せんせいの、ほん、すべて、よませて、いただきました、(中略)私は、57才、じつは、えんじょしてもらってる、ひとに、うらぎられ、ふくしゅうしたいのです、あいては、おお金持ちではなく、こ金持ち、です、ちいもあり、ざいさんもあり、こうべ大学卒業生で、いま、73才です」

 ひらがなばかりで綴られた異様な文章だった。しかも差し出し人の年齢が57歳、復讐したい相手が73歳とかなりの高齢である。メールには複雑な事情が記されていたのだが、復讐に加担することはできない。シンプルにその旨を返した。

 すると回答があった。

「わかりました、わざわざありがとうございました!」

 どうやら返信があったことが嬉しかったようだ。だいたいこの手のメールはこちらが返信をしても回答がなかったり、暴言を吐かれたりで辟易としていたのだが、彼女は前向きである。事情は察しますが踏み止まってくださいという内容のメールを送った。

 また回答があった。

「お気づきかい、なんども、ありがとうございます、かこを、おもい煩うより、これからの、ことを、かんがえて、てんめいを、まっとうするように、いたします!」

 ちょっとピントがズレている気もするが、ひとまず復讐は諦めてくれたようで良かった。

 その後も読者のメールには必ず答えるようにしていたが、あいかわらず「ネタをくれ」だの「割のいい仕事を紹介してくれ」だのというメールばかりが届くので本にアドレスを掲載することはやめてしまった。今では突拍子もない読者からのメールが懐かしく感じられたりもする。

 今までに一番ゾッとしたのは次のメールだ。

「草下さんの本読ませていただきましたが、私の勤務している仕事を馬鹿、冒涜するものであり許せません。本を出している出版社に抗議をしてクレームを入れさせていただきましたが、一体どうなっているのですか? 私の仕事は(以下略)」

 脅迫的な言葉は使っていないが、出版社にクレームを入れたというところに動揺した。文面から察すると怒りは相当なようで、苛烈なクレームだったことは想像がつく。さっそく担当編集に電話をすると、疲労困憊した声色で「大変だった……」とぽつりと答えてくれた。

 単発的な恫喝メールや脅迫文はそれほど恐ろしくない。リアリティに乏しいからだ。

 本当に嫌なのは周囲を巻き込むやり方である。特に「黒子のバスケ」を対象にした脅迫騒動の場合、大勢の人間を巻き込む卑劣極まりない方法と言えよう。一刻も早く犯人が捕まってほしいものである。

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Written by 草下シンヤ

Photo by KUROBAS CUP 2013/バンダイビジュアル

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