新宿歌舞伎町でカタギがヤクザを騙るとどうなる? by草下シンヤ
『草下シンヤのちょっと裏ネタ』
裏社会はハッタリが横行する世界である。「◯◯親分に面倒を見てもらっている」「◯◯なら顔が利くから話を通しておいてやるよ」などという本当かウソかわからない話が日々飛び交う。
たとえその話が怪しかったとしても酒の席での話題なら、いちいち裏を取るようなことはしない。だが、のちのちに本物の「◯◯親分」に会って、面倒を見てもらっているという人物について尋ねたところ「そいつ、誰だ?」などと問い返されることは多い。めくれてしまえば張子の虎ということは実に多いのである。
先日、このようなニュースが報道された。
【暴力団員装い、言いなりに…女性27人呼び出し強盗強姦 49歳男逮捕】
暴力団員の振りをして女性を脅し、むりやり性的関係を持ったうえ、現金を奪ったとして、大阪府警曽根崎署は3日、強盗強姦などの容疑で住所不定、無職、中西康浩容疑者(49)を逮捕したと発表した。被害女性は27人に及び、そのうち告訴を受けた20人に対する146回の犯行(現金被害は約160万円)を裏付けた。(産経新聞3月4日)
この男のように自らの欲望を満たすためや虚勢を張るためにヤクザを自称する者は少なくない。このような連中を俗に「騙り」などと呼ぶ。なかにはすでに引退している元有名組長の子息を騙り、名刺まで作って芸能業界を営業して回っている者もいるほどである。
この「騙り」が事件を起こし、警察に見付かればお縄になって終了である。しかし、時として警察よりも怖い裏社会の人間に見付かった場合はどうなるのか?
わたしはその現場に遭遇したことがある。
その夜、わたしは歌舞伎町で某組織の人間(Aさん)と酒を飲み交わしていた。Aさんとは共通の友人を通じて知り合った仲で、やけに気心が通じることもあり、2人でたびたび会うようになった。
組織に属していることは仲介者から聞き知っていたのだが、Aさんはわたしがそのことを尋ねても「わたしには根性がなくてとても務まりません」と認めようとしない。そう言われた以上、更に突っ込んで尋ねる内容ではない。Aさんとはカタギ同士という形で付き合わせてもらっていた。
前述の事件とは逆のパターンだが、ヤクザであることを公言するメリットが失われた現代においてこのようなケースは増えている。
考えられる理由としては、悪いものから順に、①あとあと強請ってやろうと思って今は警戒されないよう身分を隠している、②ライターというわたしの職業を警戒して自分のことを明らかにしない、③ヤクザ対カタギという関係ではなく、1人の人間として付き合いたいため身分を隠している、というものがある。
わたしはAさんは③のケースだと思い付き合っていた。ちなみにAさんの服装はおとなしめのスーツで見た目もカタギにしか見えない。
わたしたちは当時わたしがよく通っていたタコ焼き屋で飲んでいたのだが、そこに来客があった。その店で知り合った20代後半の若者(B)である。長い髪を後ろで縛り、無精髭を生やしている。すでにどこかでひっかけてきたのか、全身を浮ついた空気が包んでいる。
Bは悪いやつではないのだが、酒が入ると大口を叩く傾向があり、わたしは嫌気が差すことが多かった。出身は関西で、本人曰く「向こうでは随分悪さをしていた」ようであり、東京に来てからは某組織に「お世話になっている」らしい。しかし、その話は限りなく嘘くさかった。
ヤクザでありながらカタギの振りをしているAさんと、カタギなのにヤクザの振りをしているB。歌舞伎町ならではの組み合わせにわたしは好奇心を掻き立てられた。Bをトイレに連れていき、「Aさんは本物だから気をつけろ」と注意するのは簡単だ。しかし、それでは面白くない……。
わたしは成り行きを見守ることにした。
すでに軽く酔っ払っているBは陽気に挨拶をしてきた。わたしはそれに答えて、Aさんを友達とだけ紹介する。BはAさんの普通っぽい風貌を見て「カマせばビビる」と判断したのか、わたしたちと同席し、Aさんに馴れ馴れしく話し始めた。
Bの虚栄心を掻き立てるように話題を振ると、Bは意気揚々と最新の裏社会事情について語り始めた。それはネットや雑誌で拾ってきたものであったり、なかには裏社会に近い人間から聞いたものもあるかもしれないが、中身のない薄っぺらいものばかりだった。
それを聞いているAさんの反応はというと、これが驚くほど静かだった。「そうなんですね」「知らなかったです」などと相槌を打っている。その態度にBはますます元気になって、しまいには組織名(※二次、三次団体の名前は知らないのか、一次団体の名称)まで口にするようになった。Aさんが所属する組織の上部団体もバンバン出てくる。
これはマズイか?
Aさんの顔色をうかがうが、相変わらずだ。呑気に話を聞き流している。そのうちにAさんが「店を変えましょうか?」とわたしを誘い、わたしたちはタコ焼き屋を出て、ちがう店に移動した。
「草下さんも人が悪いですよ」
次の店の席に腰を落ち着けるとAさんが言った。冷たい感情のこもった声だった。わたしはBに対する反応を見たかったのだとAさんに謝罪した。そして尋ねた。
「ああいうときって怒ったりしないんですか?」
Aさんはカタギの振りをしているけどヤクザ、という相互認識の上での質問である。
「たまにああいうバカはいますね。でも、相手にしてられませんよ」
騙りをやるような者を傷めつけたところで警察に走られてしまえば自分が不利になるだけである。このようなタイプが一番タチが悪いとAさんは言った。
「組織名を出していましたけど、あれはマズイですよね?」
「彼はなにも知らないでしょう。あれぐらいだったらいいですが、バカにされたら怒りますね」
しかし、下手にからんで相手に開き直られてしまえば、進退窮まり、不本意ながら大事に発展してしまうかもしれない。そのような事態は避けたいため、ぐっと堪えることも多いという。
今のヤクザはここまで派手な立ち回りを封じられているのだ。
「じゃあ、騙りの連中がシノギをしていたら?」
わたしの質問にAさんの顔がこわばった。
「それは話が別ですよ」
デリヘルをやっていた人間をさらって脅迫し、店の利益をすべて奪った。ケツ持ちがいると吹聴していたクスリの売人を捕まえて以後自分の子飼いの売人として奴隷のように使った。組織に話を通さずに詐欺で稼いでいる連中の話を聞き、叩きに入って金を奪った。
突然、きな臭い話のオンパレードになった。
これは「騙り」うんぬんではなく「シマ荒らし」への対処法のような気もするが、非合法を金に変えるヤクザの冷徹でリアリスティックな一面がよくあらわれている。騙るだけならばお目こぼしもしてやるが、こちらの世界に踏み込んできたら容赦はしないということだろう。
Aさんはわたしに忠告をした。
「草下さんもさっきの彼が友達なら注意してあげたほうがいいですよ。ああいうタイプはいつか大怪我をしますから」
「そうですね」
そうは言ったが、面倒くさいからBには注意していない。
Written by 草下シンヤ
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タコ焼き屋での一コマ。