まさに死へのドライブ 「お前を絶対殺したるから」と言われました……|久田将義・連載『偉そうにしないでください。』第四回

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今回は「偉そうにしないでください」ではなく、「怖がらせないでください」にタイトル変更したいです。
「この話、書いてもええで」
隣に座った大柄なスーツ姿の男は僕に言いました。歌舞伎町の静かなバーで二人きり。一見、仲の良い二人がビジネスの話でもしているのかと傍目には思うでしょう。
しかし、男はつい数日前に「頼むから殺させてくれ」と僕に言ってきた男です。なぜこのような事態になってしまったのでしょうか。

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発端はあるムック本でした。
写真にはヤクザが写っていますが、上手くトリミングしてわからないようにしてあるはずでした。しかし、「これだとわかるやないか」というのです。僕はその雑誌では発行人でしたが、編集責任者でもありました。抗議が僕に来るのも致し方ありません。

抗議というのは雑誌発売後、だいたい十日くらい経ったら内容証明なり電話で来るパターンが多いです。でも一か月後に来る事もあります。十日経って何もなかったからと言って「安心」はできないものです。

ムック本の発売後数日が経った後、携帯が鳴りました。昼前だったでしょうか。担当編集者からの電話でした。今、あるページにクレームがつき”ヤクザを仲介したヤクザ”(ややこしくてすみません)と新宿の喫茶店で話していると言います。で、「編集長を呼んで来い」という訳です。

ドキドキしながら喫茶店に入ります。奥の方に真っすぐ彼らの方へ向かい、正面に立ち挨拶しました。深々と頭を下げ名刺を差し出します。相手の男は恰幅もよく、身なりもカチッとしたスーツ姿。どこかの社長に見えます。小指の欠損を抜かしては。

「いや、こちらこそお世話になっております」

少し、関西弁が混じった言葉で丁寧に挨拶をしてきます。本当にビジネスマンのようです。再び頭を下げます。

「この度はご迷惑をおかけしまして、申し訳ありませんでした」

「わざわざすみませんなあ」と男は穏やかに対応します。で、ここで急に態度が一変しました。ヤクザの顔を見せてきました。体をそっくり返して睨み付けてきます。

男「で、これどういう風に始末つけてくれんの?」
僕「は(汗)。それは次号でお詫び文を載せて……」
男「(言葉を被せる)アホかっ。そんなんで済むかいっ」
僕「では、どのようにすれば…」
男「今から関西(の事務所)まで来んかいっ。ワシも行ったる」

パーンと机をひっくり返すように態度を変えるのはヤクザのデフォルトです。僕は完全にビビりました。
すぐにレンタカーを借りて昼過ぎの新宿から大阪方面に向かって出発しました。男を助手席に乗せ、首都高3号線から東名高速に向かいます。

東名高速の車中は全然、和やかな雰囲気ではありません。それでも大阪まで距離があるので会話せざるを得なったです。昨今のヤクザ事情、政治家の話などなど。

「なるほど、大変なんですね」
「今のヤクザは食っていけんのや。色んなシノギをせなあかん」

(だから僕はこんな目に遭っているんですね)という言葉を飲み込み、相変わらず表面上は穏やかな会話を続けていきます。こちらとしては機嫌を損ねないように、会話を繋いでいきます。

関西のどこのインターで降りたのか覚えていません。外はそろそろ暗くなってきました。ふと窓を見ると山々がそびえたっています。尋ねてみました。

「あれ、何ていう山ですか?」
「ああ、あれな生駒山っちゅうんや」

生駒山って何県だっけ。ビビッて頭が回っていないのです。

「ここや」

ある家の前で止まりました。
インターフォンを押すと雑誌に掲載されたヤクザが迎えてくれました。その人は随分、渡世が長い人らしく、しかし案外穏やかな人でした。関西弁でまくし立てられるのかと思ったので、少しだけほっとしました。

「この度はどうもすみませんでした」

頭を下げます。
相手のヤクザは「まあ済んでしまったものは仕方がない」という論調だったと思います。で、東京から一緒に来た男が、いかにこの記事によってヤクザが迷惑を被ったのかを強調するので、僕はその度に頭を下げていました。

結論から言うとこちらの謝罪で済みましたので、帰りの車中は真っ暗な高速道路を、隣にヤクザを乗せて走るはめになってはいますが、少し気が楽になっていました。

ところが、浜松パーキングに寄った時、男にこう言われたのです。

「これはこれで、話は終わったけどな、ワシとあんたの間の話はまだやで」

僕は「終わっていないのですか……」そんな思いでした。僕にも”経験がある”という過信がありました。何とかなると軽く踏んでいました。僕は、調子に乗っていました。雑誌の売り上げは好調ですし、その増刊号は全て黒字。

自分の未熟さも自覚せずに勘違いをしていました。

編集部には右翼と名乗る男や某圧力団体、ヤクザと自称する人たちや不良からクレームの電話が鳴っていました。何とかこなし、慣れたと勘違いしていました。本当に愚かです。今も、ですが。

深夜の電話でした。

男「お前、今どこにいんのや! なにぃっ。今から出てこい! お前、散々言うてくれたのぉっ。お前、ワシにカマし入れとんのかいっっ。ナメとったらあかんぞっ。編集長だか何だか知らんがのぉ。よし、今からワシが言うこと録音せいっ。これは恐喝や! それでそのテープ持って警察行け、いますぐ行けぇっ。それでワシをパクらせろ。恐喝で2、3年務めてくるわ。それで出てきたらお前を殺す! それでワシの男が立つんやっ。な、頼む! 警察行って、お前を殺させてくれや。頼むわ!」

東京に戻ってからかかってくる男の電話は、大体こんな感じでした。携帯からがなり立てる剣幕に、僕は血の気が引いたのを自覚しました。真っ白だったと思います。凄い迫力でした。大音声なので近くにいた前妻にもその声が聞こえてるのには参りました。かろうじて「では、翌日お伺います」というような事を震え声で言って電話を切るのが精いっぱいだった。

その夜、というか既に朝方だったのですが、一睡もせずに会社に行き、社長に報告しておきます。指定された喫茶店に1人で行きます。喫茶店に入ると、ほぼ時間をおかず男が入ってきました。

「お早うございます」
「おう、昨日は遅くまで御苦労さん」

と冷静に言われました。
数時間前とは全然違った対応なのです。そして僕の考えを伝えます。ぶっちゃけ納得してもらえなかったのですが、結果的に何とか納めました。この話、部分的に端折っているのがお分かりの方もいるでしょう。行間から読み取ってください。

ヤクザからの恫喝への対抗策。
どんなに場面をくぐってもビビります。ただ数をこなすと多少、次の展開が読めてくる気がします。そうですね。強いて挙げれば決して「知ったかぶり」をしない事。これをやると火に油を注ぎます。

「僕も色々な人と付き合いしてきたので」
「今、あそこの組は云々」

といった類です。

向こうからすれば、「何だ、こいつは●●がケツ持ちなのか、組の名前出すってことはやるってことか」になってしまいかねないです。偉そうにも見えるでしょう。

分からないなら、分からないなりの対応で誠実に聞くこと。ひたすら聞く。これが結論です。本来は、最初から録音テープを持って警察に行けばいいんですけれど……。

知ったかはしない事。
偉そうにしない事。

これは何事にも言えるのではないでしょうか。(「トラブルなう」より再録・加筆)

文◎久田将義