「市川空襲13回」の記憶を次世代へ 千葉光行元市長「過去の事実をしっかり検証することが大切」

戦争を知らない世代が増える中、「戦争はやってはいけない」と言い続けることこそ必要

戦後81年を迎えた今年、戦争の歴史を正しく学び、平和な未来について考える「戦争の歴史を学ぶ会 Part2」が10月7日、千葉県市川市の全日警ホールで開催される。

講師を務めるのは、千葉光行元市川市長と、一般社団法人市川市平和教育推進会議の田中正文代表。今回のテーマは「戦争を二度としないために 大東亜戦争は、なぜ始まったのか」。祖国日本に殉じた戦没者を追悼するとともに、戦争へ至った歴史的背景を学び、平和について市民とともに考える。

市川市は戦時中、米軍による東京方面への空襲の飛行経路に位置していた。総務省の資料によると、1942年4月18日の日本本土初空襲以降、少なくとも13回の空襲被害を受けたという。

最大の被害が出たのは1945年2月25日。東京市街地を狙った米軍機が、悪天候などの影響で市川市域にも焼夷弾や爆弾を投下し、市川新田地域や中山法華経寺門前を中心に大きな被害が発生した。

当時の市川市内における空襲被害は、死者13人、重傷者8人。建物被害は全焼116戸、半焼4戸、全壊5戸と記録されている。戦後、市川駅や本八幡駅周辺には闇市が立ち、物資不足のなかで市民は復興への道を歩んだ。

千葉氏は今回の開催について、次のように語った。

「市長を務めた者として、市川というまちで平和について考える機会をつくることには、大きな意味があると感じています。歴史にはさまざまな見方があります。だからこそ、一方的に決めつけるのではなく、事実を学び、自分たちで考えることが大切です。この会が、若い世代を含め、市民の皆さんが戦争と平和について考えるきっかけになればうれしく思います」

さらに、今後の日米関係にも触れた。

「私は、アメリカとは世界平和のためのパートナーとして、大切な関係をつくっていかなくてはならないと思います。それと同時に、過去の事実はしっかり検証することが大切であると思います」

過去を学ぶことは、現在の友好関係を否定することではない。悲惨な歴史を繰り返さないためにも、残された記録を検証し、次の世代へ伝える必要がある。

歴史を一方的な善悪だけで捉えるのではなく、資料と事実に向き合い、一人ひとりが戦争と平和について考える――。市川の地から始まる今回の学びが、平和な未来への一歩となりそうだ。

【開催概要】

「戦争を二度としないために 大東亜戦争は、なぜ始まったのか 戦争の歴史を学ぶ会 Part2」

日時:2026年10月7日(水)午後5時40分開場、午後6時開演
会場:全日警ホール・1階ホール(市川市八幡4-2-1)
終了予定:午後7時30分
参加費:無料
講師:千葉光行元市川市長、田中正文・市川市平和教育推進会議代表