還暦で出合ったピックルボール 鈴木和隆氏が旧友と横浜で祭典 日野美歌&元BLIZARD・下村成二郎も出演

写真左から、日野美歌、船水梓緒里選手(株式会社KINTO所属)、下村二郎各氏

始まりは、行きつけの喫茶店で耳にした会話だった。11月22日、横浜市のKPI PARKで開催される「KPI PICKLEBALL FESTIVAL 2026」。開催に取り組む鈴木和隆氏の原点には、還暦を迎えて出合ったスポーツの楽しさがある。その思いに旧友の天野雅博氏も合流。日野美歌、下村成二郎らも出演し、スポーツと音楽を通じて世代や障害の有無を超えた交流の場をつくる。
「60歳になって、何か体を動かしたいなと思っていた時に、たまたまよく行っていた喫茶店のお客さんがピックルボールの話をされていたんです」

興味を持った鈴木氏は、横須賀にあるクラブの体験会に参加。その客も鎌倉在住だった縁から、鎌倉でピックルボールクラブを立ち上げたという。ピックルボールは、テニス、バドミントン、卓球の要素を組み合わせた米国発祥のスポーツ。パドルと呼ばれるラケットと、穴の開いたプラスチック製ボールを使い、バドミントンと同じ広さのコートでプレーする。初心者もラリーを楽しみやすく、幅広い世代が参加できる点が特徴だ。

いま、その人気が急速に広がっている。米国のスポーツ&フィットネス産業協会の統計を紹介した報道によると、米国の競技人口は2020年の約420万人から、2025年には約2400万人へと約6倍に拡大した。

ブームの波は日本にも届く。コート運営や用品販売を手がける「ピックルボールワン」の推計では、国内の競技人口は2024年の約9000人から、2025年には約4万5000人、2026年には約33万人へと増加。身近なレクリエーションから競技スポーツまで、裾野を広げつつある。こうした盛り上がりの中で、鈴木氏が改めて大切にしたいと考えたのは、仲間と気軽に体を動かせる場だった。

「始めたころは、まだそんなにメジャーではなくて。高齢者たちが集まって、ワイワイガヤガヤやっていたんです」

一方、最近は「スポーツとしての競技性が強くなってきた」と感じている。だからこそ、自分たちの世代も楽しめる集まりを続けていきたいという。

「高齢者である自分たちが楽しめるクラブ、集まりをつくりたい。その思いでスタートしたのが、今回のフェスティバルになります」

鈴木氏と力を合わせるのが、「定食酒場食堂」などで知られる天野氏だ。長年、格安で食事を提供する飲食業を営んできたが、原材料費の高騰や、店舗用に借りていた物件の老朽化などを機に心機一転。旧友の鈴木氏に相談したところ、ピックルボールに誘われたという。

「インターネットで検索したら、ルールも覚えやすく、皆さんが気軽に参加できるから、可能性を感じました」

手頃な価格で食事を楽しめる場をつくってきた天野氏と、気軽にスポーツを楽しめる場を目指す鈴木氏。旧友2人の思いが重なった。2人は主催の実行委員会に名を連ね、開催に向けて準備を進めている。当日は初心者体験会や交流大会、地域物産・飲食ブースなども企画されている。

音楽で会場を盛り上げるのは、「氷雨」「男と女のラブゲーム」などで知られる歌手・日野美歌と、元BLIZARD(ブリザード)、現CODExo13のハイトーンボーカリスト・下村成二郎。下村は天野氏の友人でもあり、人と人とのつながりがステージにも広がった。

日野にとっても、今回の出演は思いがけない縁だった。昨年、米ヒューストンのスポーツクラブでピックルボールと出合い、車いすでプレーする人たちの姿にも目を引かれたという。出演に向け、次のコメントを寄せた。

「猛暑の夏から、気が付けば秋風を感じる頃となり、ピックルボールにも最適な季節になりましたね。私がこのスポーツに出会ったのは、昨年、ヒューストンのスポーツクラブでした。中には、車椅子でプレイしている人達もいらっしゃって、ハの字型の競技用車椅子が、クルっと回る様がカッコいいな~って見ていると、『美歌さん、あれは、いま流行りのピックルボールって言うんですよ』と友人が教えてくれたんです。お歳の方も、楽しげにプレイされていて、『私もやってみたいな』なんて思っていたところ、今回の機会をいただけ、とてもご縁を感じています。ご参加の皆様には、熱い戦いと共に、私の歌も楽しんでいただければと思っています」

さらに、鈴木氏が掲げる「誰もが楽しめる場」を体現する企画が、日本パラピックルボール協会代表・船水梓緒里(株式会社KINTO所属)選手を講師に迎える予定の車いすピックルボール体験会だ。

船水梓緒里(株式会社KINTO所属)選手は、車いすテニスで世界を舞台に戦ってきた実力者。2023年には全豪、全仏、全米オープンに出場し、世界国別選手権「ワールドチームカップ」では女子日本代表として準優勝を経験。パラトライアスロンにも挑戦し、2028年ロサンゼルス・パラリンピック出場を目指している。

今回の催しに寄せたコメントには、鈴木氏の願いとも重なる思いが込められている。

「私は車いすテニスの選手として国内外の大会に挑戦してきました。現在はピックルボールにも取り組み、日本パラピックルボール協会の代表として、障害の有無に関わらず、誰もが楽しめる環境づくりや競技の普及、スポーツを通じた相互理解に力を入れています。

ピックルボールの大きな魅力は、車いすユーザーも健常者と対等に打ち合い、同じ大会に参加できる、ダイバーシティに富んだスポーツであることです。障害の有無にかかわらず、同じコートで競い合い、一緒に楽しめることが、新たな出会いやつながりを生み出します。

車いす、ハンディキャップを持っている人の挑戦を特別なものとして捉えるのではなく、仲間と体を動かすことの楽しさや挑戦へのワクワクを知っていただきたいです。そして、誰もが自分の可能性を広げ、スポーツに挑戦できる環境が広がっていくことを願っています!」

還暦で「何か体を動かしたい」と踏み出した鈴木氏の一歩は、旧友の新たな挑戦にもつながった。コートで汗を流し、歌声を楽しみ、新たな仲間と出会う。鈴木氏が見据えるのは、そんな交流が続いていく未来だ。

「子供から大人まで、それから障害のある方々も含めて楽しめるようなピックルボールを、今後も目指していきたい」(文・写真提供@霜月潤一郎)

喫茶店の会話から始まった交流の輪が、秋の横浜でさらに広がる。