松田聖子が家族を捨てて恋人と新事務所設立~恋多き女のセックス伝説
恋多き女は50歳を越えても盛んである。2月末に歌手の松田聖子(51)が所属する「個人事務所」を退社していたことが明らかになった。これまで聖子が所属していたのは、聖子と兄が代表取締役を務め、母親(80)が役員として名を連ねる同族経営の個人事務所だった。そこを抜け出し、男女関係が噂されるマネージャー(40)と新事務所を設立した。ちなみに聖子には、歯科医師の夫(50)がいるにも関わらず、このマネージャー氏は公私ともにパートナーとして知られていた。
聖子は、恋多き女として数々の伝説を残している。これは彼女が若かりし頃の話だ。最初の結婚をし、妻&母という立場でありながら白人男性との不倫が発覚し、数年後はバックダンサーだった白人男性に逆セクハラで訴えられるというスキャンダルに見舞われたことで「外人&セックス狂い」と陰口を叩かれていた当時、当の聖子は特に慌てる様子もなく、定期的に渡米しては現地で遊び狂っていたという。
「ダンス講師やバックダンサー、現地のプロデューサーなど、スタッフや関係者を集めて乱交まがいのパーティを開いていました。中には女性もいて、レズビアンプレイにふけることもあったそうです。聖子さんは小柄な体型ですが、それがアメリカ人のロリコン愛好者にはウケていたようですし、セックス自体はすごく濃厚で激しかったため、『お人形さんのような見た目とのギャップがすごい!』と男女を問わず好事家には大人気だったんです」(当時のプロモート関係者)
当時の聖子は人気絶頂期だった。同族経営で身を固めてビジネスを進める聖子に対し、周囲の関係者は誰も注意できず、彼女の性の暴走は止まらなかった。だが、こんな聖子の”ご乱交”に最も頭を悩ませていたのは、同居する家族だったという。
「聖子さんは日本でも昼夜問わず、家に居る時は寝室にこもってセックスに明け暮れることが多かったんですが、まだ幼かった娘の沙也加さんが母親を恋しがって、まとりついてくることが多かった。それでも平気で部屋から閉め出していたといいます。ただでさえ不在がちの母親が家に居るんですから、子供としては一緒に居たいと思うのが当然なのに……」(前出・プロモート関係者)
この頃、多忙を極める聖子の代わりに沙也加の面倒を見ていたのは実の母親だった。さらにこの母親の苦労は続いた。
「寝室の掃除もお母さんにやらせていたんです。お母さんはしわくちゃになったシーツを取り替えるだけでなく、ベッド上の片づけもやらされていたようです。寝室から聞こえてくヒワイな声を聞かせないように、お母さんは沙也加さんにヘッドフォンで音楽を聴かせたり、ビデオを見せたりしていましたし、よく外にも連れ出してました。常識人であるはずのお母さんも莫大な金を稼いで来る人気歌手の娘に何も言えなかったんでしょうね」(前出・プロモート関係者)
そんな聖子を「母親として心の底から軽蔑していた時期もある」と話していたことのある沙也加も大人になり、聖子とステージで共演したりしているが、近い人間によれば「基本的に聖子とは距離を置いている」という。ここまで苦労をさせた母親を捨てて、新たな事務所設立に走った聖子。恋多き女の伝説はいまでも続いている。
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