山尾志桜里議員不倫騒動 我々は国会議員の不倫に本当に怒っているのか

 週刊文春が報じた、民進党の頼みの綱であり「ジャンヌ・ダルク」と言われた山尾志桜里議員の不倫騒動。ほぼ、疑惑は確定と世間では見られているものの山尾議員は否定。民進党も火消におおわらわだ。前原新代表の船出に物凄い「ケチ」がつき、党内からの山尾議員に対す突き上げも激しくなっている。結局は山尾議員の離党を落とし所にした。

 山尾議員は文化人から受けが良く、コメンテーター達もどちらかと言えば矛先がゆるいように感じる。そして保守系(?)のサイトが、その辺りを決まったように突くのもいつものネットメディアの光景だ。

 自民党以外の女性議員の不倫と言うと、「姫の虎退治」で一時露出が多かった姫井由美子元民主党参議院議員をご記憶だろうか。国会議員のパーティに行くと男性招待客がほとんどだ。女性議員や関係者はなぜか原色のスーツ姿が多い。姫井元議員もそうだったが、容姿しだいでは国会議員同士結ばれるのもよく分かる。「将来の総理候補」野田聖子総務相も議員同士の結婚だ。

 が、不倫となると話は別。お互いの伴侶と息子・娘などの影響を考えるとリスクヘッジの観点から避けるのが政治家ではないのか。それが出来なかった山尾議員は他の不倫議員たちと同様、政治家としての能力はいかがなものか。

 もう一つ、気になるのが山尾議員の不倫相手の弁護士である。倫理観を一般人よりも高いところに求められる弁護士として、あまりにも脇が甘い。そんな事で法廷において弁護が出来るのか。

 ただ、フランス、イタリアなどは「結婚してからが本当の恋愛」という文化があり、日本でも不倫を公に認めつつ、政界の大立者として君臨し続けた人も少なくない。田中角栄元首相などは、愛人とされている佐藤昭子を金庫番として登用。また、自由党と民主党の合併にこぎつけた三木武吉元衆議院議員は国会で「妾が四人いるのはけしからん」と追及されたのに対して「五人います」と答えたのは有名なエピソードである。

 つまり国民としては、自分たちの生活が大事であり政治家が愛人を作ろうが暮らしやすく少しばかり贅沢できるくらいの蓄えの方が重要なのだ。政をしっかりしていれば、愛人問題はさほど大きな問題にはならないのは歴史が証明している。前例の二人のように。

 山尾議員にその素養を期待して、「もったいない」という意見も分からなくはない。が、議員の不祥事が連続している最中に、自身の身を振り返る事を忘れた山尾議員の政界動体視力は甘すぎた。2016年「保育園落ちた、日本死ね」が流行語大賞となったように今年は「不倫議員」が流行語大賞にならないよう、山尾議員はふるまうべきだった。(編集部)

《参考資料》

「子育て」という政治 少子化なのになぜ待 機児童が生まれるのか? (角川SSC新書)

猪熊 弘子 (著)