路上に停めてあった自転車を盗んだ、として窃盗罪で起訴されていた椎木良紀(仮名、裁判当時61歳)には、窃盗の前科がありました。今回の犯行はその前科の執行猶予期間中の犯行です。
前回は、生活苦から他人の財布を盗んだ、という犯行でした。前回裁判で彼は「お金の使い方が間違ってました。少しでも生活を切り詰めて、今後は真面目に働きます」と話していました。それから約1年後、今回の自転車盗難で彼は再び法廷に戻ってきてしまいました。
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彼は「生活費を切り詰める」ために自宅の最寄り駅から少し遠い駅をいつも使っていました。駅へ向かう途中、彼は路上でカギのかかっていない自転車を見つけました。はじめは彼は駅まで行って乗り捨てるつもりで自転車に乗ってしまったようです。この時点ですでに犯罪ではありますが、乗り捨てておけば捕まることもなかったはずです。
駅の近くに放置していた自転車は、彼が「仕事」を終えて戻ってきた時も放置した場所にそのまま置いてありました。彼はこの自転車に再び乗って自宅アパートまで帰り、アパートの駐輪場に停めました。この日から彼はこの盗難自転車を「通勤用」として使い続けました。
彼は毎日のように「仕事」に行っていましたが、どこかの会社に雇われたりしていたわけではありません。
彼が「仕事」として向かっていた場所、そこは競艇場でした。
「競艇場にはほとんど毎日行っていました。稼ぐために行ってました」
当時、彼には100万円近い借金がありました。保険料や税金の支払いのために知人から借金をし、その知人に返すために消費者金融から借りていたのです。
「競艇でお金を増やして借金は返すつもりでした。競艇で生活していきたいと思ってました」
借金をした元々の理由は税金です。ギャンブルで得たお金で税金を払っているようなものです。何で得たお金でもお金には変わりないですが、なんだか少し違和感を感じてしまいます。
「ギャンブルで払うんですか...。税金とか借金とかそういうのって普通、ギャンブルを控えて払うものなんじゃないですか...」
と、検察官もどうにも割りきれない様子でした。
働けない事情などはなかった――
彼も仕事を探そうとしていなかったわけではありません。彼なりの、という表現にはなりますが一応は就職活動はしていました。
「仕事は探してました。そのへんに置いてある雑誌を見てみたりはしていました。ハローワークに行く、とかそういうことは...ちょっと思いつきませんでした」
就職に関して、知人などに相談をしたりもしていなかったそうです。
「競艇でけっこう儲かっていました。なんとかやっていけてました」
という事情もあったらしいので、就職活動にそれほど熱心にはなれなかったのかもしれません。
彼に働けない事情などはありません。アパートを借りて生活していることからもわかるようにきちんと働いていた時もありますし、一度は婚姻歴もあります。
ギャンブルが原因なのではないかと勘ぐってしまいますが、彼は人生のどこかで何かを間違えてしまったのだと思います。どのような形で起きるかはともかく、道を誤ってしまうことは誰にでも起こりうることです。
「真面目に働く、と前回裁判で話した言葉を忘れていたつもりはないんですけど...」
こう話していた彼の生活態度は、人からは怠惰に見えたとしても彼なりには真面目に一生懸命なものだったのかもしれません。
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彼は拘置所の中で、
「新しい生活に役立てるために、あと仕事を探す時に有利になれば、と思いました」
という理由で英会話を勉強していたそうです。60歳を過ぎていても向上心はあるようです。彼は前回の執行猶予が取り消され3年近くの服役をすることになります。学ぶ時間はたくさんあります。
今後、犯罪を犯すことなくまっとうな社会人として生活していけるか、それは彼次第です。
しかし、今回の裁判の中で
「ギャンブルをやめる」
とは一言も言っていなかったのは少し気にかかるところです。(取材・文◎鈴木孔明)