【観戦記】超RIZIN.2の惨劇と奇跡 朝倉未来のタップと鈴木千裕の歓喜

RIZIN史上最大の悲喜劇が起きた。

歓喜の雄叫びをあげる者。あまりの惨敗に声すら出なくうなだれる者。格闘技とは、かくも残酷でしかし人の心を動かすものなのでしょうか。

2023年7月30日、さいたまスーパーアリーナで開催された「超RIZIN.2」は2015年からスタートしたRIZIN史上『THE MATCH』に継ぐか、あるいは人心動かす意味では最も非情で、それでいて格闘技の魅力が凝縮されたものではなかったかと思う次第です。

上記の歓喜の雄叫びを上げた鈴木千裕選手。うなだれて声も小さく、ショックを隠せない朝倉未来選手。興行としては、マッチメイクの面からは全く隙がないものでした。

サッカーではまさかの勝利の時「ジョホーバルの歓喜」。そして、後一歩での勝利の女神から目を逸らされた敗戦を「ドーハの悲劇」と言います。今回のさいたまスーパーアリーナも「SSAの奇跡」「SSAの惨劇」と評されていくのでしょうか。

「俺たち(兄弟)は死ぬぐらいの気持ちでやっている。だからタップしない」(大意)。現在、日本総合格闘技界の牽引者の一人、朝倉未来選手はそのような事をRIZINデビューの2018年頃に答えています。現に、アウトサイダー時代、唯一の敗北を喫した樋口武大選手のヒールホールドにタップしませんでした(結果は敗北)。

また、RIZIN28(2021年)のクレベル・コイケ戦でもタップをせず、三角締めで落ちてしまいました。ただ、タップ負けは決して恥ではなく、むしろ頸動脈を締めるような技はタップしないと脳に酸素がいかなくなり、選手生命どころか今後、生活さえままならなくなってしまいかねません。

朝倉選手は、「タップしない」と言っていましたが、それは覚悟の問題でしょう。格闘家の前に人間なのですから、タップしても何ら恥じる事はありません。

なので、SNSで今回一部で騒がれている「朝倉未来がタップした」は、格闘家として正しい判断をしたと言えるでしょう。素人ほど関節技の恐さを知らず我慢して大怪我につながりかねません。

また、後だしジャンケンをするつもりは全くありませんでしたが、朝倉選手の場合、コンディションが顔に出がちです。RIZINデビューの日沖戦。彼が最も重要だったと言っている試合です。https://tablo.jp/archives/14994/6

その時の試合映像を見てください。元修斗王者に挑む若武者の顔をしています。それから連勝をし、斎藤裕選手との試合に判定負けを喫します。その時の顔つきとはくた違って見えるのです。この時は「待ち」の構えで、自分から仕掛ける事はなく斎藤選手のパンチに得意のカウンターを合わせるというものでした。結果、フルマークの判定負け。

そして斎藤裕選手とのリベンジマッチでは、既に顔つきが変わっていました。日沖戦に近く、それよりも大人になっていました。日沖戦のようにまず、リングの中央を取り、積極的に仕掛けていきます。まるでデビュー戦のように。結果、リベンジに成功。

そして、今回のケラモフ戦。格闘家たちの予想では朝倉選手有利との見方もありました。準備期間がたっぷりあったからと、練習相手がピットブル兄弟だったからという理由もあります。けれど、さいたスーパーアリーナの花道に表れた、朝倉選手の表情は「挑戦者」「若武者」のそれではありませんでした。筆者は商売柄、裏社会の人間や芸能界、政治家など特殊な人達と何百人もあって取材してきましたが、「男の顔は履歴書である」という都市伝説のような文言を半ば以上信じています。少なくともその人を推しはかる目安の一つにしています。そういう意味で朝倉選手の表情が微妙だったのは、決して後だしジャンケンでなく気にはなりました。

RIZIN運営としては弟の海選手とともにバンタム・フェザーのベルトを獲り、かつての相撲ブームの中心にいた若貴兄弟のような存在になって欲しかったのかなと推測します。が、海選手は怪我で欠場。未来選手は完敗。この階級で海外選手に対抗できる日本人選手がいなくなってしまうのではという不安だけが残ってしまいました。