●特集ルポ:未解決事件の闇16 ~伊勢・女性編集者失踪事件
辻出さんが失踪した直後とみられる1998年11月25日未明、XがA子に電話をしたことはすでに記した。Xが電話をかけたのはもう一人いる。それは一時期Xの家に居候していた友人のNである。
三重県最南部にある尾鷲市郊外のNの家を訪ねた。
チャイムを鳴らすと、元気で威勢のいい松崎しげるのような声で「はいはいはい、誰ー」と中から声が聞こえ、ドアが開いた。中から出て来たのは、小柄ではあるが、全身筋肉といった感じの鍛え上げられた体格の、それでいて優しそうで頼りがいのある50歳ぐらいの男性であった。それがNだった。
「あ、辻出さんの事件ね。お話ししますので、お入りください」と言うと、家に上げてくれた。
Nは缶ビールを浴びるように飲みながら語っていった。
「Xと知り合ったのは、私が熱帯魚屋の客だったからです。ときどきお願いして魚を仕入れてもらってね。そのうち友達づきあいをするようになったというわけ。海にね、堂々とアワビを採りに行ったりして、それで数百万円荒稼ぎしました。漁で潜ることがあるんですけど、Xにはかないません。彼は息が長い男でね、私が4分だとすると彼は5分息をしないで持つんです。
一時期彼の家に住んでいたのは、家を建て替えしようということで、隣にある妻の両親の家に工事の間、住まなくちゃならなくなったからです。その両親と仲が悪かったんで、一緒に住むぐらいなら別居しようと考えたんです。Xは『うち空いてるから、タダでいいよ』と言ってくれてね、数ヵ月住まわしてもらったんです。お代ですか? そんなの友達なのにお金なんか発生しませんよ。林道工事は数ヵ月で600万円とか稼げますから、払おうと思ったら払えたんですけどね。今考えたら、払っとけば警察にも疑われなかったのかもね。
私、林道敷設の特殊な技術を持ってるから、ほかの死体遺棄でも疑われてるんです。でも、考えてもみてください。私は従業員を食わせないといけないの。死体を遺棄するようなリスキーなことをして、私が捕まったら従業員が路頭に迷いますよ。昔3ヵ月ほどブタ箱に入ったことがあるけど、3ヵ月で勘弁です。あんなきついところ、もう嫌です。
それにね、私、腕っぷしには自信がありますからヤクザ者だったらいくらでも倒せるけど、辻出さんみたいなか弱い女性には手を出せるはずがない。まして、そんな若い女性を埋めることなんてようしません。そんなひどいことできませんよ。しかも、私が手がけた現場には。手がけた現場を私は神聖な場と思ってるの。そんなところに埋めるはずがありませんよ。ガハハハ」
では次に、朝6時30分すぎにXがNにかけた3分近くの電話の内容はどうだろうか。
そのことを訊ねたところ、「一昨日の夜、何食べたか覚えてますか? 覚えてないでしょ」と言いつつも、Nの表情がかすかに曇ったような気がした。僕は続けて質問した。
「その時間、何をしてたんですか」
「たしかその時間、資格の勉強をしてたんです。そのときXから電話がかかってきた。バイオハザードの攻略法を聞いてきたんだと思います」
バイオハザードとは1990年代後半にミリオンセラーを記録した家庭用ゲーム機用のホラーアクションアドベンチャーである。
「バイオハザードの攻略法って、電話口の3分で言えるもんなんですか」
Nを試すように言う。すると、Nはもとの豪快な表情になり、再び口を開き、すらすらと答えた。
「初め、彼は馬鹿にしてたんですが、いつの間にかはまったんです。階段を上って右に行き、ゾンビを殺し、また上に行って......」
確かに3分で言える。これはすごい。
「電話の後は何をしてたんですか」
「朝7時には従業員が家に来るわけです。遺体をその間どうやって置いておくんですか。私は関係ない。やってません。名前出してくれていいよ」
では最後に、Xについてはどう思っているのだろうか。聞いてみた。
「Xはグレーです。何も言わないんですから、白なのか黒なのか、よくわかりません。彼のことは信じてますが、もしやったのなら、罪をあがなうべきです。だってそうでしょ。やってないとしたら、そのことを警察にはっきり言えばいい」
Nは一変のやましさもないようであった。
Written Photo by 西牟田靖
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