香港政府トップの梁振英行政長官をヒトラーに見立てたプラカードを掲げる男性。
(香港・金鐘のコンノート・ロードで2014年10月21日午後9時26分=撮影・著者)
香港の「雨傘革命」と呼ばれる大規模デモが新たな展開を迎えた。参議院と似た機能を持つ中国の人民政治協商会議(政協)は10月29日、香港代表の田北俊委員を解任した。政協委員の解任は過去に例がなく、異常事態と言える。
理由は田氏が24日、香港のラジオで香港政府トップの梁振英行政長官に辞任を促す発言をしたことだ。
田氏は企業の利益を代弁する親中派の自由党党首。梁氏の辞任を求める点では香港民主派と共通するが、対中姿勢は真逆だ。民主派は「真的普選(完全な普通選挙)」を求め、要求に応じない梁氏に反発してきた。
一方の田氏は、繁華街・旺角の大通りを占拠する民主派が高裁の排除命令を無視して居座ることを問題視、「香港が統治不能に陥った」責任は梁氏にあると批判した。占拠開始から1カ月目の節目を前に、民主派の強制排除をためらう梁氏に苛立ちを露わにし、9月下旬のデモ開始後、初めて体制派として〝倒閣〟に動いた格好だ。
そんな田氏を中国政府は解任した。9月下旬のデモ開始以来、国際社会は「香港で〝天安門事件〟が再来するのか」と恐れてきたが、中国はその見通しに反して親中強硬派の田氏を追放し、デモ収拾に動かない梁氏を側面支援したように映る。
では梁氏はデモをどう見ているのか。田氏の問題発言に先立つ10月19日、梁氏は香港アジア・テレビの報道番組に出演した。司会役の地元ジャーナリストから「中国の汪洋副首相は、香港のデモを外的勢力によるカラー革命と言っているが、どう思うか」と問われ、「外的勢力は関わっている」と答えて物議をかもした。
日本ではあまり耳にしないカラー革命は、03年のグルジア・バラ革命、04年のウクライナ・オレンジ革命、05年のキルギス・チューリップ革命など旧ソ連で相次いだ一連の民主化革命のことだ。
梁氏は「雨傘革命=外国の陰謀」という見方を認めた。「どの国か」と問われ、「世界のいろいろな地域のいろいろな国々だ。詳細は言うべきでないが、完全に国内的な運動ではない」と言葉を濁している。
引き合いに出された汪副首相はロシア南部ソチを訪問中の10月14日、「西方国家(西側諸国)」と踏み込んだ発言をしている。「西側は香港でカラー革命を引き起こそうとして反対派を支持している」。西側諸国がウクライナ問題をめぐりロシアに経済制裁を加えていることを念頭に「中露は力を結集し、両国の戦略的互恵協力関係の発展に力を注ぐことで、西側諸国に反応すべきだ」とロシアに呼びかけたという。
実は香港ではデモ開始前から、マーク・サイモン氏なる〝ナゾの米国人〟がメディアを騒がせてきた。一連のセンセーショナルな報道のスタートは、香港の週刊誌『東周刊』6月19日付号外だ。
表紙に映るのは高級車の後部ドアを開ける黎智英氏。香港では知らぬ者はいない大富豪だ。一代でカジュアル服チェーンのジョルダーノを創業し(1996年に売却)、その後、民主派系紙『蘋果日報』を香港と台湾で発行するメディア大手、壱伝媒集団を築いた。現在は同集団会長を担う。
号外らしい「独家直撃(独占直撃)」の派手な文字と共に「黎智英 密会 美国防部前副部長」の題字が躍り、マリーナを歩くポール・ウォルフォウィッツ元米国防副長官と、壱伝媒幹部で黎氏の〝右腕〟とされるサイモン氏の写真も載った。黎、ウォルフォウィッツ、サイモンの3氏が5時間にわたり、黎氏所有のクルーザーで密会した場面を撮影したものだという。
ウォルフォウィッツ氏といえば、イラク戦争を主導したネオコンの代表格として知られ、同誌は「米政界のタカ派で対中強硬の立場」と記した。また、サイモン氏は「米共和党の元香港支部長」という(正しくは米共和党員で構成する組織の元香港支部長)。
さらに7月22日、3氏に関する新事実が香港メディアを揺るがす。中立系紙『明報』同日付によると、前日に「壱伝媒股民(株主)」を名乗る何者が同紙にメールを寄せたという。そのメールには、サイモン氏のパソコンから盗まれたとみられる文書や写真、録音など約860件が添付されていた。内容が真実なら、黎氏は昨年だけでも、民主派政治家らに総額およそ1000万香港ドル(約1億4600万円)に及ぶ献金をしたことになる。
親中系紙『大公報』同日付に載った記事の題名は「黎・CIA密接関係 米国資金を香港反対派に迂回献金」。記事によれば、サイモン氏は「黎氏と米中央情報局(CIA)香港支局を結ぶ〝中間人(仲介者)〟で、金銭面の処理を担う」。同紙翌日付の続報によると「経歴は特殊で、若くして米海軍に入隊し、情報工作に従事した」。また、13年6月には黎氏やウォルフォウィッツ氏らとミャンマーを訪問し、現地で国防相などミャンマー要人と会談した証拠があるという。
サイモン氏のパソコンから内部文書が流出したのは11年に次いで2回目だが、これが最後ではなかった。8月4日には3回目の流出が明るみに出る。香港メディアの取材に応じた同氏は、「父はCIAに35年間勤務した」「1987~91年に米海軍文官として対潜水艦戦に関わった」と明かす一方、「米海軍を退職後は、いかなる政府から支払いを受けたり、関係を持ったり、情報活動に従事したことはない」(英字紙『サウス・チャイナ・モーニング・ポスト』8月11日付)と明言した(ちなみに、同記事によれば94~95年にK-Line〈川崎汽船〉に勤務した経験があるという)。
要は、黎氏の巨額資金が民主派団体や立法会(香港議会)議員に流れた疑い、資金の出所は米国政府という疑いがある。サイモン氏は出入金明細など資金の動きを示す証拠を大量にパソコンに保管する疑惑の中心人物、米海軍で情報活動をしたという〝怪しい過去〟もある。そんなシナリオを香港メディアは描いた。
⇒続編は近日配信予定。
「和平占中(オキュパイ・セントラル)」のデモに集まった香港市民。
(香港・金鐘のコンノート・ロードで2014年10月21日午後9時38分=撮影・著者)
Written Photo by 谷道健太