大阪は西成地区。ここではアベノミクスなんて遠い銀河の出来事のように、ホームレスの人々が道ばたに寝ころんだり酒を飲んだり殴り合ったりしており、他のどの地域にもない固有の文化が形成されています。
じゃりン子チエの舞台としてお馴染みの、昭和風情ほとばしる天下茶屋という街の一角にあまりにもグッとくる店があります。
レトロなんて言葉には収まらないポテンシャルを持った喫茶店「コーヒーショップマル屋」です。
小柄でチョビヒゲを生やしたチャップリン風のマスターが切り盛りするこの店、顔ともいうべきメニュー表が最高のフォルムをしています。
生き物でいうと瀕死の状態。しかも瀕死になってからも随分と時間が経っているようです。おそらく日本最高齢のメニューでしょう。物持ちがいいというべきなのか、セロテープで施された補修につぐ補修のあとは満身創痍。味があるとかレトロとかそんなレベルじゃない状態で、手に持って眺めると崩れ落ちてしまいそうです。
「コーラー」や「スペッシャルコーヒー」など、ステキな誤字にも心が揺さぶられますが、
なにより驚くべきはその安さです。カレーライスや焼飯が250円、ホットケーキにいたっては400円だったものが80円になっていて、神の啓示でも受けたのかというような価格。インスタ映えのために、原宿でパンケーキに1500円もだしている人たちに知らせてやりたい。
しかもホットケーキのように、この喫茶店の歴史の途中でほとんどのメニューを半額近くに値下げしているのがわかります。
それにしても、価格ばかりか営業時間まで書き直されていて、もはや何が真実やら。こんなにも書き直すならメニュー自体新しくしたらいいのにとも思いますが、おかげで店のたどった道をうかがい知ることができるので、これもまた一興。
コーヒーの香りとタバコの煙、そして何十年もの人々の談笑がゆっくりたっぷりしみこんだ壁と天井の色は、そんじょそこらのレトロでは到底およばないほど、20世紀を丸ごと煮しめて燻製にしたような風情。
店内のテレビ(ブラウン管!)からは、森友問題を報じるニュースが流れているのですが、それが未来の出来事を見ているような気分になる程です。
スペッシャルコーヒーがでてきてしばらくすると、250円のカレーライスがやってきました。
その値段から、良くてレトルトカレー程度、悪けりゃ食べられないようなものが出てくるかと覚悟していましたが、なんと美味いのです。
深みもある上にしっかり辛い。添えられたたまごの黄身でそのスパイシーさにまろやかさも足されます。なによりこの大盛り。どうやればこれが250円で出せるのでしょう。
マスターがなにかの禊で出しているのか、はたまたボランティアか、そうでなければ何か悪いことでもしていないとこの価格でこの味と量にはたどり着けないものが、実現されています。
こちらはハムトースト。こんがり焼けたパンにハムが挟まれていて、ほどよい酸味のマヨネーズで味付け。あらびきのブラックペッパーがいいアクセントになっています。これがなんと120円。マスターには「物価」という概念がないのでしょうか。
おさいせんみたいな値段で会計を済ませ、なごり惜しさに店頭を見渡すとここにもマル屋イズムがちらほら。
これもあきらかに創業81年のころから使い始めて3年目に突入していて、新しいものには貼りかえず書き直しでどうにかするという、メニュー表にも見られた「マル屋魂」が垣間見えます。
漢数字とアラビア数字が混ぜてある理由は藪の中ですが、83年ということは創業は昭和10年ですので、太平洋戦争よりもさらに前という歴史の深さ。
少しの電車賃を使って「これなら結果的に、梅田の安い喫茶店と同じだね」と思ったとしても、それ以上にマル屋でしか感じられないものがあるので、是非とも訪れてほしい喫茶店です。(連載・Mr.tsubaking 『どうした!? ウォーカー』第八回)
コーヒーショップマル屋
大阪府大阪市西成区千本北2−1−33
7:00〜19:30
年中無休
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