古今蓮華往生 「2人して和やかにの不忍池の蓮の花を見つめたまま、スーッと遠のいていくんです――」|川奈まり子の奇譚蒐集三二
「だから怖いと言うなら、Bさんだけじゃなく、僕だって怖い。Aくんに話したら、Aくんも『写ってないんだから、死んだのかもね』と言ったので、Aくんも恐ろしい。
綺麗な人だったのに、いろいろと残念なことですが、ええ、僕たちの中ではもう彼女は此の世の人ではないんですよ。写真から消えると同時に、本当に亡くなっていたとしても少しも不思議ではないと今でも思ってます」
この話を聴いて、私は、不忍池に伝わる感応丸と柳の前の伝説を想い起した。
太田道灌が江戸城を築いて間もない頃のこと。道灌の2人の家臣が上野台の東と西にそれぞれ屋敷を構えていた。東の家には感応丸という15歳になる息子がおり、西の家には柳の前という美しい娘がいて、いつしか2人は恋に落ち、池のほとりで逢瀬を繰り返す仲となった。
これを面白くないと思ったのが、西の家の奥方。彼女は後妻で、日頃から継子の美貌を妬んで苛めていたので、さっそく意地の悪いことを思いついた。
池に、若い2人が毎晩往き来する粗末な木橋が架かっている。これを細工して、渡ればたちまち池に落ちるようにした。
凍てつく季節だったから、うまくいけば柳の前を殺せるだろうと思ったのだ。
が、予想に反して、池に落ちたのは東の家の感応丸だった。
水音を聞いて柳の前が駆けつけたとき、少年はすでに事切れていた。
柳の前も、すぐに後を追って池に身を投げ、自死を遂げた。
――恋人たちの、忍ぶ能わず。
成就しない恋の池。このときからここは「不忍池」と呼ばれるようになったのだという。(川奈まり子の奇譚蒐集・連載【三二】)
※参照資料
稲垣史生『考証 江戸の面影』~「上野のお山が名所となるまで」より
柴田錬三郎『赤い影法師』~「前夜行」より
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