古今蓮華往生 「2人して和やかにの不忍池の蓮の花を見つめたまま、スーッと遠のいていくんです――」|川奈まり子の奇譚蒐集三二

「僕とAくんは公園から出てアメヤ横丁へ行き、15分くらいしてAくんがBさんに『今どうしてる?』とスマホで連絡を入れました。

既読がつかない、と、Aくんが言って、2人で不忍池に戻ったところ、Bさんたちが池のそばに立っているのが見えました。

何かこう、仲が良さそうすぎて目のやり場に困ると言うか……絶対に邪魔をしてはいけない雰囲気だったので、Aくんがまたスマホで『池に戻ってきた。そろそろ帰りたいんだけど』とメッセージを送りました。

そのとき、Bさんたちと僕らは50メートルも離れていなかったと思います。

僕とAくんからは、Bさんと婚約者の姿がはっきりと見えていました。

ところがAくんがメッセージを送信した途端、Bさんがスマホを手に取ったようすが見えないのに、メッセージに既読がついたかと思うと、『今、京成上野駅のそばにいるから、一緒に電車で帰ろう』と返信が送られてきたではありませんか。

エッとAくんと僕は驚いて顔を見合わせると、一緒に、池のそばに佇んでいるBさんと婚約者の方へ足を踏み出しました。

間違いなく、それはBさんたちでした!

でも、近づこうとしても、なぜか近づけませんでした。だって、スーッと弁天堂の方へ遠ざかっていくんですよ! 2人して和やかに池の蓮の花を見つめたまま、スーッと遠のいていくんです。足を動かして歩いているふうじゃなく、水平移動してました。

Aくんが悲鳴みたいな裏返った声で『やめよう』と言って、立ち止まりました。

言っておきますけど、辺りには、まだたくさん人がいました。真っ暗ではなかったし、Bさんたちの顔や何かも、普通でした。

だからこそ余計に怖くなったんですよね。僕とAくんは急いで京成電鉄上野駅へ行きました。そして改札前にいたBさんを見つけるや否や駆け寄って、今あったことを息せき切って伝えたんです。

そうしたら、Bさんは、なんともいえない曇った表情……泣くのを堪えているような、怒っているような、変な顔になりました。

そのとき僕は初めて気づいたんです。彼の婚約者の姿が見えないことに」