古今蓮華往生 「2人して和やかにの不忍池の蓮の花を見つめたまま、スーッと遠のいていくんです――」|川奈まり子の奇譚蒐集三二
「で、Bさんに訊くと、不機嫌そうに『もう帰った』という答えです。
この日は……いえ、翌日も、Bさんがすごくピリピリした雰囲気を漂わせていたので、婚約者と何があったのか訊ねることが出来ませんでした。
3日ぐらいすると、Aくんがこっそり教えてくれました――それによれば、あのとき不忍池でBさんたちは、婚約者さんの前の彼氏と偶然出会ってしまったそうなんです。彼女はその男性とちゃんと別れていなかったことがその場で発覚して、Bさんと婚約者と前の男とで揉めてしまったとか。
結局、Bさんたちは婚約を解消することになりました。
その後、叔父はBさんの婚約者に対して非常に腹を立てて、あるとき、僕とAくんがいる前で、不忍池で撮った写真を全部消すと言ってスマホを取り出しました。
あの夜、叔父は嬉しそうにたくさん写真を撮っていましたからね。僕までなんだか悲しくなりました。Aくんも黙って父親を見守る感じで……。
でも、すぐに叔父が『あれ?』と首を傾げたんですよ。
婚約者の写真がないと言うんですね。彼女だけが写っていない、と。
そんな馬鹿なと思いまして、僕とAくんもスマホを見せてもらったんですけど、全員で撮った写真にも、彼女の姿はありませんでした。
Bさんの横に不自然な空間があって、そこに確かにいたはずの女性が消えていたんです。
……あんまり怖くない話で、すみません。
でもね、僕は、写真から彼女が消えたことを叔父から聞かされたときにBさんが、『死んだんじゃないか』と言った声や顔つきが忘れられないんです。
目を輝かせていて、ね。ちょっと喜んでいるようにさえ思えました。
『死ね、と、思いながら、俺のスマホからはあいつは全部削除した。だから死んだんじゃないか?』って言ってました。
自分を裏切った婚約者が死ねばいいと思ったんでしょうね。あんなに仲睦まじいようすだったのに、一転して、死ねと呪ったわけですよ。
そんなBさんのことを怖いとも感じましたが、でも、僕もちょっと期待してしまったんですよね。
Bさんのために、あの女、本当に死んでいるといいなって」