憑きもの体験記3「死ぬかと思った。冷たい手だったよ!」|川奈まり子の奇譚蒐集四十

川越八幡宮の伝説

――私は彩乃さんに「それから、どうされました?」と質問した。

彩乃さんは苦笑して、お守りとして持ち歩いていた般若心経の写しをあげたのだと話した。

「それ、私には全然効かなかったんですけど、他にしてあげられることがありませんでしたから。私たち東京組はみんな目を逸らして、その日の午後の便で東京に戻りました」

それからは何も起こらなかったとのことだ。

 

さて、それでは、彩乃さんたちに憑いていたものの正体は何なのだろう?

実話の王道を狙って、まったく結論を出さないまま終わりにしてしまってもよいのだが、私はしつこい性格なので、性懲りもなくいろいろと調べてみた。

そこで辿り着いたのが、川越八幡宮に残る狐伝説だった。

おもしろいことに、これは、彩乃さんたちプログラマを神社に来させた〇〇百貨店が信心している民部稲荷神社――「相撲稲荷」の別名がある川越八幡宮境内の稲荷社――とも深く関わる言い伝えなのだ。

川越八幡宮の狐伝説は、昭和時代の名作テレビアニメ・シリーズ「まんが日本昔ばなし(TBS)」にも取り上げられたという。

どのような物語かというと――。

《昔、八王子付近の山に猪鼻民部と名乗るお侍が住んでいた。だがしかし、その正体は人間好きな化け狐。あるとき民部は正体を隠して近所の寺の小僧と付き合いを深め、しきりに家に招いては夜更けまで寺に帰さないようになった。不審に思った寺の和尚が小僧に行先を訊ねると、人里離れた山の中に猪鼻様の屋敷があるという。そんな所に武家屋敷があろうはずもないので、和尚には悟るところがあり、「これまでの御礼に饗応するから」と言って小僧を使いに出し、民部を寺に招待する。無論、一計を案じてのこと。しかし供を従えて宴に臨んだ民部が思いのほか好人物(?)で馬が合ってしまった。歓談しながら酒を酌み交わすうちに、相撲の話題で大いに盛り上がり、ついに、民部の家来と寺の小僧に相撲を取らせて興じることに……。家来も化け狐だったから、当然の結果として、翌朝の境内は狐の毛だらけに。和尚は「やはり」と思ったが、立ち去った民部一行の後を追って山に行くと、彼らが物の怪であることを一切咎めず、あらためて深謝し、末永い付き合いを乞うた。民部は和尚の心意気に感じ入り、大いに喜んだ。しかし折悪しく、故あって川越の梵心山に移ることになってしまったのだと述べた。そして「あなた方のことは忘れません。友情の印として、私たちに古くから伝わる打ち身の手当ての術を教えましょう」と申し出て、狐の秘術を和尚に教えると、別れを惜しみ惜しみ、去っていったのだった》