憑きもの体験記3「死ぬかと思った。冷たい手だったよ!」|川奈まり子の奇譚蒐集四十
アラームに叩き起こされた。
――夢?
前回の経験を思い出し、枕を調べた。しかし血痕などは無く、ベッドカバーに長い髪が落ちていたら……と想像して探してみたけれど、それも発見できなかった。
夢だったのだと思い込もうと努めながら、身支度をして部屋を出た。
ウィークリーマンションのロビーを歩いていると、後ろからタナカさんが追いついてきた。
「待って! 一緒に行こう」
断る理由もない。肩を並べて歩きだすと、いくらも行かないうちに、「あのさ」と向こうから切り出してきて、言うことには……。
「昨日の夜なんだけど、寝入りばなにドアをノックされたんだよ。トントン、トントンって。だからてっきり彩乃ちゃんかと思って……他に部屋を訪ねてきそうな人はいないし……それで、起きて、『彩乃ちゃん?』って呼びかけながら、壁にある電気のスイッチを手探りで押そうとしたら……手があったの」
「手、ですか?」
「うん。たぶん女の人の手。痩せていて、指が細い、冷たい手が、シーリングライトのスイッチの上に被さってたものだから、一瞬だけど、しっかり触ってしまって、『わぁっ!』ってなって……尻餅ついちゃった」
ベッドに這い戻り、蒲団を頭から被って、明け方まで震えていたという。
「死ぬかと思った。冷たい手だったよ!」
さも恐ろしそうに話すのを聞いて、では、自分も、と、昨晩のことを話した。
「同じ幽霊かなぁ? 他の人たちにも何かあったんじゃない?」
訊いてみようということで意見が一致し、休憩のときなどに機会をうかがって、同僚たちに訊ねて回ったところ、
「ノック? 僕のところにも来たよ! それがおかしいんだ。僕は、そのときたまたまドアのすぐそばにいた。だからノックの最中にドアを開けたんだ。チェーンをしたままね。でも、開けたら人の気配も無い。チェーンを外してドアを開けてみたけれど、廊下には人っ子ひとりいなかったんだよ!」
「幽霊だって? じゃあ、あれは夢じゃなかったのかなぁ……。僕の部屋は8階の角部屋なんだけど、硬い床の上をハイヒールで歩きまわるような音が外から聞こえてきてね……。壁の外からだよ? ベランダも無いのに、部屋の壁に沿って、コツコツコツコツ、何周も何周も……。両手で耳を塞いで無理矢理、眠った」
という具合に、怖い体験を語る者が幾人もいたのだった。
さらに、倉庫で作業しているときにも、奇怪な現象に度々、悩まされることになった。
日中は、なんともない。黄昏どきから後に、たとえばこんな目に遭った。
隣のデスクの同僚と2人で打ち合わせをしていたら、後ろに誰か立った。
そこで、「ちょっと待って」と肩越しに声を掛けると、大人しく佇んでいる。
隣の同僚との話が済むと、彼も後ろで待っている人が気になっていたようで、「ごめん、ごめん!」と言いながら後ろを振り向いた。同時に私も振り返ったが、そこには誰もいなかった。
また、深夜になり、居残っていた数人が、そろそろウィークリーマンションに引き揚げようとして帰り支度をしていると、誰もボタンを押していないのに、エレベーターが迎えに来た。
チーンと音を鳴らして、エレベーターの扉が開いたが、箱の中は無人で、ただ煌々と明るいばかりだった。
扉は閉まらず、目に見えない何者かが「開」ボタンを押して、皆が乗るのを待っているように感じられた。
それ以来、夜になると全員、階段で上り下りするようになった。