まるでカブトガニ......。新国立競技場の斬新すぎるデザイン案を見て、驚いた人も多いはず。東京オリンピックに向けての新国立競技場・最終コンペを通過したのは女性建築家、ザハ・ハディドだった。その振り切った「脱構築主義的」建築からアンビルド(建築不可)の女王と呼ばれ、これまでも「カッコいいけど、こんなの作れないよ!」と、世界中で数々の建築をポシャらせてきたことでも有名だ。今回もその例に漏れず、巨額の建設資金がかかると問題視されている。
これを受け、日本の建築家たちも次々にザハ・ハディド案に異を唱えだした。反対派の中には大御所、槇文彦の名前も。隣接する東京体育館を設計した彼だからこそ、何かと意見したい点があるのだろう。建築については門外漢の私だが、これらの騒動を受け、一つ気になることがあった。
それは、あるホームレスの家についてだ。去年までの数年間、私は国立競技場に隣接する東京体育館の敷地を毎日のように通過していた。そして体育館の裏手にピッタリ貼り付く形で、一軒のホームレス・ハウスがあるのを確認していたのだ。公営施設に密着している立地もスゴいが、何より驚かされたのがその建築様式。
通常のホームレス・ハウスは紙製段ボールだが、こちらはおそらくポリプロピレンのプラスチック段ボール。より丈夫で、耐水性にも優れているから雨の日もへっちゃらだろう。ひさし状に開く窓や透明板により、天候に左右されない採光計算がなされている。画像では分かりづらいが、なんと天井部分も開閉可能という芸の細かさ。
また、白を基調に装飾を廃したシンプルな外観は、ぱっと見には体育館の一部かと思えるほど。機能性の追求と、周囲の景観との調和。これはもう、ホームレス界のル・コルビジェと言えるのでは!
ふと気づけば壁には「家づくり成功の秘訣」という文字が踊っている。やはり家主も相当の自信があるのだろうか。東京オリンピックにより当地の再開発が決まった今、当の家主はどうしているのか? 気になった私は、久しぶりにプラスチック・ハウスを訪ねてみることにした。
するとビックリ。東京体育館の裏手、そのお家があったスペースが、いつのまにか立入禁止となっている。慌てて周囲を探し回るも、プラスチック・ハウスの痕跡も見当たらない......。いったい何があったのだろう? 道路を渡った国立競技場前の広場に行き、そこに住むホームレスのオッちゃんに聞き込み調査をしてみた。
「体育館は、去年のはじめに改修工事をやってたからね。その時にあそこら辺の奴らはみんな追い出されたよ」
そうだったのか......。プラスチック・ハウスの家主はどこに行ったか質問してみたが、体育館側と競技場側では交流が無いらしく、全く分からないとのこと。
「ここ(※競技場側)も、そろそろ駐車場にする工事が始まるんだよ。去年からどんどん人がいなくなってるなあ」
仕方のないことではあるが、こちらも大変なようだ。ちなみにザハ・ハディド案についての見解をオッちゃんに求めたところ、「あの変な建物の費用なあ。三千億円が千五百億円になったり、そんなコロコロ変えられるならバナナの叩き売りじゃねえか!」とのこと。
結局、ホームレス界におけるモダンリビングの旗手は行方知れずとなってしまった。だが、あの建築があった場所にも意味がある、と私は思っている。東京体育館を設計した槇文彦こそ、モダニズム建築の代表格。その体育館に隣接して、槇文彦を彷彿とさせる(?)プラスチック・ハウスを建ててしまった家主。もしやあの家は、槇建築へのオマージュだったのか? そんな妄想も働いてしまうのである。
そして槇が反対するザハ・ハディド案が通ったのと機を一にして、件の小屋が撤去されたのも感慨深い。さらに妄想を重ねれば......新たな国立競技場建設に合わせて、件の家主は戻ってくるかもしれない。今度は、ザハ・ハディド調のカッコいい脱構築主義的ホームレス建築を建てるために......。そんな建物を見てみたいという欲望もまた、私の中に湧き上がっている。
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Written by 吉田悠軌
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