謎の白い封筒が届いた当時の日本テレビ旧社屋(千代田区二番町)
1994年12月20日、東京・千代田区二番町にあった日本テレビに届いた郵便物の中に、タレントの安達裕実あてのものがあった。縦20センチ、横9センチの白色定型封筒で、差出人は実在の広告代理店。ただし、分厚くおおきさのわりにはずっしりと重みがあった。
テレビ局にはさまざまな郵便物や荷物が届けられるが、宅配便ではなく封筒に入った郵便である程度の大きさと重みのある物が配送されるケースはむしろ珍しかった。
その郵便物は同社西本館1階にある郵便物集配室で仕分けされ、6階の制作センターへと運ばれた後、関連会社の31歳女性社員が確認した。女性社員は不審に思いながら、安達裕実が所属する事務所の31歳男性社員に「変だから気をつけて」と言いながら手渡した。男性社員は受け取ったその場で開封した。夕方の17時45分頃のことだった。
その瞬間、ごう音を立てて封筒が爆発。爆発音ともうもうと立ち込める煙で、制作センターは騒然となった。
この爆発によって、開封した男性社員は左手親指の先端が吹き飛ばされる重症。女性社員も飛び散った金属片のような物で右腕に軽いケガをした。現場周辺にいた関係者のなかには、あまりに大きな爆発音のため一時的に耳が聞えなくなるなどの症状を訴えた。
日本テレビは事件直後、夕方18時からのニュース番組冒頭で現場の実況を報じた。>爆発のあったフロアでは、書類や事務用品などが散乱し、救急隊員によって手当を受ける重症の男性社員の様子、その近くで見守る動揺した関係者や、床に残る血痕などが生々しく放送された。
爆発した封筒は、開封部分とともに3分の1ほどが吹き飛んでいた。現場から単三の乾電池3個とリード線、金属片などが見つかった。集められた遺留物などから、爆発物は金属製容器に火薬または爆薬などを詰め、電池とニクロム線、それに磁石を使った起爆装置を取り付けたものであると推測された。爆発物は数枚の便せんで包むようにして封入され、開封によって2個の磁石が結合することで電流が流れてニクロム線が過熱し、薬剤が爆発するようになっていたらしい。また、封筒に記載されていた実在の広告代理店はまったくの無関係だった。
今回の爆発物は、殺傷能力は弱いと報道された。だが、それでも開封者の指を激しく破損するだけの威力は持っており、しかもその場にいた人々に大きな恐怖心を起こさせ、施設内を著しく混乱させるには十分であった。
その後の調べで、爆発物が発送された郵便局などはわかったものの、犯人の特定に至るまではいかなかった。
しかも、翌年の95年5月には、今度は東京都庁で都知事あての郵便物が爆発し、44歳の職員が左手の指すべてと右手親指を欠損するという重傷を負う事件が起きている。さらに97年7月には、またも日本テレビに同社女性アナウンサーあての郵便物が爆発。職員が指などに軽傷を負う事件が起きた。
いずれの事件も犯人は特定されず、現在まで解決には至っていない。
一連の事件では、郵便が使われている点に注目したい。インターネットは情報が秘匿されやすいと思われているが、実際には明確に痕跡が残る。ネット掲示板などへのいたずらの犯行予告で、すぐに犯人が特定されるのはそのわかりやすい例だ。
一方、郵便というものは、実は非常に匿名性の高いものである。郵便を使った行動について、具体的かつ詳細な記載や痕跡、その他の何らかの特徴が得られない限り、実行者の特定はまず不可能であろう。かといって、郵便物や郵送経路について検査や規制を実施することは極めて困難である。
世界的にも高い信頼性のある日本の郵便システムであるが、悪意をもった郵便物が届けられるリスクを避けることはできない。そして、そのリスクは都市という匿名性の高い場所ほど、さらに増すといえるのではなかろうか。
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Written by 橋本玉泉
Photo by wikipediaより
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