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再審開始決定と即時釈放、そして名誉チャンピオンベルトの贈呈を経て、袴田巌さんは真に"日本のハリケーン"となったのだろう。4月6日、姉の秀子さんが世界ボクシング評議会(WBC)のマウリシオ・スライマン会長から代理で受け取ったベルトには、現役時代の袴田さんの写真も飾られていた。
WBCは名誉ベルトを、米国で冤罪により19年間投獄された元プロボクサー、ルビン・カーター氏にも贈ったことがある。1999年の映画『ザ・ハリケーン』のモデルで、デンゼル・ワシントンが演じた人物だ。ともにプロボクサーで、冤罪によって長期間にわたって身柄を拘束されていることから、袴田さんは"日本のハリケーン"と呼ばれるようになった。ならば、どうあっても冤罪は晴らさねばならなかったはずである。
カーター氏は「ハリケーン・カーター」のリングネームで活躍し、世界ミドル級1位まで上り詰めた。しかし、奇しくも袴田事件と同じ1966年6月、ニュージャージー州パターソンで起きた強盗殺人事件で有罪判決を受け、身に覚えのない殺人容疑で終身刑を宣告されてしまう。カーター氏に対する裁判は、人種差別による予断と偏見に満ちたものだったという。公民権運動が沸騰する状況下、無実を訴え続けるカーター氏に、元世界ヘビー級チャンピオンのモハメド・アリやロックシンガーのボブ・ディランらによる救援運動も起きた。その後、証人の偽証が明らかになり、雪冤を果たしたのである。
袴田さんの場合も、日本ボクシング協会(現・日本プロボクシング協会)をはじめとするボクシング界が強力に再審支援を押し進めてきた。『ボクシング・マガジン』『ボクシング・ワールド』編集長などを歴任してきた前田衷氏がこう書いている。
「マルコムXとキング牧師の暗殺の間に起こったカーターの冤罪事件は、その背景に人種差別があったが、では袴田事件はどうか。『袴田犯人説の根底にあるのは、刑事の『ボクサーくずれ』への偏見であると思える』と書いたのは、故・寺山修司だった。大橋秀行・再審支援委員長以下、ボクシング関係者が『他人事ではない』と力こぶを作るのも、この辺にある」(『Number』08年3月7日号)
厳しい減量に耐えるなど本来ストイックなボクサーが、差別されてきたことへの怒りだろう。
袴田さんは獄中でこの事件を知り、カーター氏が自由の身となって間もない89年に〈冤罪と闘った同志ミスター・ハリケーン・カーターへ〉との書き出しで、手紙をしたためている。
〈カーター氏よ! ともかく晴れてよかったね。おめでとう! さてカーター氏よ! 長い獄中生活の中であなたはボクシングへの情熱を忘れたことはなかったでしょうなぁ! あなたも私もとても似たボクシングに対する情熱を堅持していたことでしょう。
私も正義の人の輪に力を得て、アメリカ国民に劣らない日本国民の愛と英断を信じて、あなたに続くために最善の努力を尽くします〉(袴田巌さんを救う会・編『主よ、いつまでですか』)
独房から情熱的なメッセージを込めた手紙だったが、この時、カーター氏に届くことはなかった。住所がわからないという理由で投函されず、姉の秀子さんが保管していたという。
15年後の2004年6月になって、袴田さんの支援団体の賛同人で元プロボクサーの徳久元治氏が、袴田さんの手紙を英訳し、カナダに住むカーター氏に手渡している。カーター氏は返信の手紙を次のように結ぶ。
〈頑張りましょう。闘いはまだ終わっていないのです! 私たちにはまだ数ラウンドが残っています。兄弟よ、あきらめないで。もう助かるはずです。夢を追いかけよう!〉
その夢が実現するまでに、さらに10年の歳月を要したのである。袴田さんの支援団体「袴田事件の報道を収集し配布する会(後に、袴田巌さんの再審を求める会)」がまとめた資料などに改めて目を通しながら、やはり嘆息するしかない。
再審開始決定、刑の執行と拘置の停止という今回のまともな判断が出るまでに、48年もの膨大な時間が失われたのである。これまで裁判所は、ウソの自白も、本来ならば稚拙というほかない捏造証拠も見抜けないどころか、見抜こうとする気さえなかったのではないか。そもそも刃渡り13センチのクリ小刀で、被害者4人をめった刺しにすることなど常識的に考えてもできっこない。一審で無罪判決から死刑判決を書くことになった裁判官の熊本典道氏が、最も疑問を抱いた点だ。
ボブ・ディランが歌う『ハリケーン』の歌詞が、突き刺さる。
〈一部の馬鹿者が彼のような男の人生を掌中に握り、彼が自由になれるか否かの鍵を握っているなんて、正義など存在しないこの国に住んでいることを恥ずかしく思うだろう〉
〈刑務所にブチ込まれていた時間を彼に返してやれよ。彼は世界チャンピオンになれる男だったというのに〉
Written by 亀井洋志
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