その瞬間、ポーカーフェイスだった近江高校林投手の目がうつろになり、膝をつきました。有馬捕手はタッチにいった姿勢のままうつぶせ状態で動けない。泣いていたのでしょう。
2018年第100回、夏の甲子園・準々決勝で劇的なサヨナラ勝ちが起こりました。野球で鳥肌が立ったのは、この試合が久々でした(それ以前は2009年WBC決勝韓国戦でのイチローのセンター前ヒット)。
金足農業は何と言っても、県大会から一人で150キロのストレート(フォーシーム)とスライダー、スピリットを投げてきた剛腕・吉田輝星投手。今年のドラフトの目玉と言われています。近江高校は名門ながら吉田投手のような「怪物」を擁してはいません。強いてあげると四番北村選手でしょう。
近江3点、金足農2点のまま九回裏。近江高は2年生のサウスポー林投手がマウンドに君臨していました。決して大きくない体格。顔つきもほっそりして吉田投手のような迫力はありません。が、低めのチェンジアップとスライダーのコントロールで相手を交わしてきました。コントロールもそうですが、林投手の特徴は、テンポよく投げ、自分のペースに持ち込む投球術です。
林投手の表情は、甲子園大会を見る限り冷静です。九回満塁になった時でさえも表情は変わりませんでした。しかし八回、九回、テンポが崩れます。ノーアウト満塁。同点は覚悟しなければならない展開に、金石農・中泉監督はスクイズのサイン。
林投手は低めの119キロのポールを投げ込みました。球速から言えば決め球、チェンジアップ。金足農・斎藤選手はその難しいボールを姿勢を低くしてスクイズ。よくバットに当てました。アナウンサーが「スクイズだー。金石農業同点!」と叫びます。
すぐあとに解説者が思わずつぶやきます。
「あ、ツーランスクイズ!」
近江高も、いや観客もアナウンサーも解説者も予想しなかった、ツーランスクイズ。解説者がつぶやいた時には、すでに快足・菊地選手が二塁から一気にホームへ突入していました。二塁から三塁を蹴る時もほぼ躊躇なく、そのスピードを活かしてヘッドスライディング。
逆転サヨナラツーランスクイズ成功。冒頭に記したように、林・有馬二年生バッテリーは崩れて、動けませんでした。
公立でありながら、金足農業ナイン、素晴らしいチームです。東北に初の深紅の優勝旗を持って帰って欲しいと心から思います。
そして、ツイッターで挙げられていた動画を記しておかなければなりません。甲子園の土を集める近江ナインのもようです。
「あれがプロやな!」「あいつプロや!」と口々に話ながら土を集める近江ナイン。「あいつ」が吉田投手を指しているのは間違いないでしょう。「俺らと違うな!」「ちゃう、ちゃう!」「あいつ(吉田輝星投手)、ハンパないって!!」と「大迫ハンパないって」をもじります。「こういう時に使わんと」と多少の笑い声とともにナインの声。僕はその姿にも感動しましたが、その前のセリフに鳥肌が立ちました。
「甲子園有難う!」
「高校野球最高!」(「高校野球最後」だったかも知れません)
これが高校野球の魅力ではないでしょうか。日本人にとって、相撲と野球は特別なものです。恐らく、父母、祖父母らがテレビで見ているのを子供の頃から見ているからでしょう。高校野球が日本人の心を掴んで離さないのは、このはかなさ、潔さではないでしょうか。
甲子園有難う、高校野球最高。
近江ナインの、この言葉に甲子園で敗退した、そして予選で退いた選手たちも含めた高校球児の精神の全てが込められている気がしました。(文◎久田将義)
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