前回と同じくドラッグの話題で恐縮だが、今回は清水健太郎氏が処分保留で釈放された脱法ドラッグを取り上げたい。その釈放から2週間後に清水氏は脱法ハーブを吸引し、このときは「吐き気がする」として救急車で病院に搬送されている。その際、軽度の意識障害が見られたようだが、違法成分は含まれていなかったようで、逮捕には至っていない。
しかし、清水氏といえば、度重なる薬物犯罪の逮捕で知られるように、大麻、覚せい剤などに関していえば、プロフェッショナルと言える存在だ。そんな氏が自ら救急車を呼ぶハメになった脱法ドラッグとはいかなるものなのだろうか?
インターネットでニュースを調べれば、「脱法ドラッグを吸引し、交通事故起こしたなどとして、全国で去年23件が摘発されたことが警視庁のまとめでわかった」(2013年3月14日 読売新聞)、「脱法ハーブを吸って車を運転し物損事故を起こしたとして(中略)札幌市東区の派遣社員の男(31)を書類送検した」(2013年3月23日 読売新聞)、「NHKの職員2人が脱法ハーブを吸引し、意識がもうろうとして緊急搬送された問題で、NHKは(中略)2人を停職1カ月の懲戒処分にすると発表した」(2012年7月13日 毎日新聞)など、さまざまな情報が出てくる。
いずれも「脱法」、法律で規制されていない薬物でありながら、どうしてその作用をコントロールすることができず、事故や意識障害を起こしてしまうのか?
一言で言えば、その理由は、規制をかいくぐる新たな薬物が開発され続けているからである。脱法ドラッグの蔓延が強く危険視されるようになり、現在は厚生省が似た化学式の薬物を包括的に規制するようになったが、以前は、ひとつひとつの成分ごとに規制するというまどろっこしい方法が取られていた。
そのため、販売中の薬物が規制されると、その成分をわずかに改変した新たな薬物を作り出し、法の網をかいくぐるということが行なわれていた。
いたちごっこによって次々に生み出されていった脱法ドラッグ。その結果、なにが起こったか?
製造者の関心が法をかいくぐること、そして使用者の要求に応えようと、より強力な薬物を開発することのみに向けられたため、危険性の強いドラッグが生み出されていくことになった。
マリファナ、覚せい剤、コカイン、LSD、エクスタシーなど、法的に規制されているドラッグは多いが、どのドラッグを例に上げても、市場に流通してからそれなりの歴史を経て、今に至っている。もちろん、違法ドラッグを使用することは良くないことだが、長い歴史の中で残っているということは、そのドラッグが膨大な臨床を重ねているということでもある。
しかし、法の目をかいくぐりながら次々に成分を変え、生み出されている新種の脱法ドラッグは、ほとんど臨床が行なわれておらず、「前のものが規制されたから、今度はこれでいこう」などという短絡的な理由で市場に流れている。
それは言い換えれば、製造者が危険性を検証する間もなく、世に送り出しているということで、逮捕のリスクを考慮せずに言えば、身体的、肉体的なダメージは違法ドラッグよりも強い可能性があるのだ。
そんなものが店舗やインターネットなどで平然と売られ、更に「逮捕されないから」という理由で、判断力の乏しい人たちが購入していく。こうした事情を考えれば、使用者による交通事故や意識障害などが頻発するのも理解できるだろう。
では、実際に使用すると、どのような状態になるのか?
わたしは2回、脱法ハーブを吸引したことがある。
一度目は脱法ハーブが流行り始めた5、6年ほど前のことで、友人に「マリファナに似ているものがあるから吸ってみたら」と勧められた。わたしのデビュー作はドラッグをテーマにした書籍である。読者から脱法ハーブに関する問い合わせを受けることもあり、一度ぐらいは試さなければならないと思い、吸引した。
結果から言うと、効果自体はたしかにマリファナに似ていて、精神的なリラックスと、かすかな多幸感を感じることができた。ただ、後頭部が二日酔いのように重くなる感覚があり、決して良いものとは思えなかった。まあ、脱法ならこんなものかな、というのが正直な感想である。
2回目の吸引は、1年ほど前のことだ。
長い付き合いの友人から相談があった。彼は過去違法ドラッグの愛用者だったが、逮捕のリスクを避け、近年は脱法ドラッグへと移行していたという。
しかし、脱法ドラッグをやり始めてからというもの、無気力感に苛まれるようになり、仕事も休みがちになっているという。
「そんなくだらないものやめとけよ」
私が忠告すると、彼は、
「わかっているんだけど、なんかやめられなくて」
などと言っている。
わたしの印象はマリファナの模倣品というものだったから、なぜ、そんなものをやめられないのか気になった。その点を尋ねると、昔のものと比べて非常に効果が強くなっているという。
つらそうな彼の声を聞いていると、やめさせてあげなければならないという思いと、現在の脱法ドラッグを使ってもいないのにやめろといっても説得力がないという思いがこみ上げてきた。
わたしは彼の家に行き、実際に彼が吸引しているという脱法ハーブを試してみることにした。その上で説得すれば話が早い。
吸引用のパイプにハーブを詰め、ライターで焚き付けた。何服か吸うと、頭の周囲が膨張したような感覚を覚えた。効いてきたな......。しばらく効果を実感するよう努めたが、やはりマリファナを弱くしたような効きである。
「こんなものやってないで、しっかり働けよ」
説教臭いことを彼に伝えていると、急に視界が歪み始め、胸が苦しくなってきた。お、思ったより効きが強いな。そう思いながら彼と話していると、だんだんとその部屋の空気が居心地悪いものに感じられてきた。
部屋に変化があるわけではない。わたしの感覚がただ「不快」になっているのだ。
ドラッグを使用して気分が悪くなることを、俗にバッドトリップと言う。わたしはこれまでさまざまなドラッグを試してきたが、バッドトリップになった経験はほとんどない。それが違法ですらない、脱法ドラッグで引き起こされようとしている。
その後、話を続けていたが、後頭部が重く痛み始めたこともあり、就寝することにした。彼の部屋にはエアコンがなく、夏場ということもあり、わたしはすでにジーパンを脱いでいた。居間にジーパンを残したまま、隣の部屋で寝かせてもらうことにした。
しかし、頭の中で不快な思いや記憶が駆け巡り、なかなか眠りにつくことができない。数年前に試したときと比べると、格段に効果が強くなり、不快感も増大している。これをコントロールするのは難しいかもしれない、そして一度この世界にハマってしまったら現実に戻るのは容易ではないかとしれないと感じた。
友人はまだ起きているようだったが、居間から物音が聞こえると、わたしの頭に疑念がわき上がってきた。
「居間にある俺のジーパンには財布が入っている。やつがそれを物色するのではないか」
いやいやと疑念を打ち払う。彼とは長い付き合いだし、泥酔したとき、この部屋で寝かせてもらったことも一度や二度ではない。彼が財布に手を出すはずがないのだ。
そこまで考えて、ちょっと待て、と思った。
なぜ、俺はやつのことを疑ったりしているんだ?
平常時のわたしならば、彼が隣の部屋で起きていたとしても、そんなことは構わずに寝ているはずだ。それがこうして疑念にとらわれている。そこまで考えて、これが脱法ドラッグが引き起こしている精神状態だということがようやくわかった。
それがわかってからは次々にわき起こってくる不快感や疑念を意識的に振り払うことができるようになり、いつしかわたしは眠っていた。
翌朝目を覚ますと、頭の鈍痛や身体の倦怠感は残っていたが、疑念は晴れていた。そして、わたしはこの5、6年の間に脱法ドラッグがいびつな変化を遂げていることを身にしみて味わったのだった。
この体験を友人に説明したところ、彼は理解してくれ、以来脱法ドラッグに手を出すことはなくなった。
違法、脱法の境目は、その薬物の危険性によって決められているのではない。あくまで法規制がなされているかどうかだけで決まっているのだ。
場合によっては、脱法ドラッグのほうが深刻な事態を引き起こすこともある。といっても、もちろん違法ドラッグがいいと言っているわけではないので、そこは誤解のないように。
というわけで、最後にみなさん声を揃えて、
ドラッグの所持・使用・売買は、違法も脱法も――、
ダメ、絶対!
それでは、また来週お会いしましょう。
Written by 草下シンヤ
Photo by sattva