中川淳一郎の俺の昭和史

世界に広がる日本ブームが嘘のようだった 「バブル時代、日本人の私はアメリカで差別されていた」

2018年10月02日 1980年代 アニメ アメリカ サムライ バブル 三丁目の夕日 忍者 日本ブーム 日本食

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日の丸[1].jpg

 来年の4月をもって「平成」が終わる。昭和64年(1989年)1月7日でその前の時代である「昭和」が終わったわけだが、その頃の日本での記憶が私にはない。というのも、アメリカで高校生をやっていたからである。というわけで、1987年10月24日に渡米してからの「アメリカにおける昭和の日本の扱い」について今回は書いてみる。

 当時、アメリカで日本は「東洋の神秘」というか「東洋の怪奇」的な国として扱われていた。私が住んだのは中西部の人口3万人の田舎であり、基本的には保守派が多い街である。今でいうキラキラとしたシリコンバレーやらボストン、ニューヨークにシアトル、ポートランドみたいな街ではなく、「ラストベルト」に雰囲気は似たような街だ。


●当時、アメリカ人は日本を「東洋の怪奇」と捉えていた


 同級生達は我が街を「boring」(つまらない)や「sleepy town」(眠気が出る街)などと表現していた。そんな街に私が行った理由は、父親が日本と米国の合弁で作った自動車工場で働いたからだ。そこについて行ったのだが、当時の日本に対する住人の感覚はビミョーなものがあった。

 この頃日米では貿易戦争が勃発しており、日本車を含めた日本製品をハンマーで叩き割る米国の労働者なども報じられるほか、1989年9月にはソニーがコロンビア映画を、10月にはロックフェラーセンターを三菱地所が買収するなどバブルの好景気に沸いていた日本は米にとっては驚異と捉えられていた。

 当時の日本はイケイケだったわけで、だからこそ地元に雇用をもたらしたということで感謝はされつつも、彼らは複雑な感情を抱いていた。『ガン・ホー』という1986年公開の映画では、日本企業の工場で働く米国人労働者と日本人管理者の摩擦を描いたが、同作公開後に私もアメリカに住んだわけだから、映画のイメージで捉えられていた。

 作中では、寒中水泳をしたり、ハチマキをしたり、無駄にお辞儀をするなど日本の奇妙な風習を過度に表現していた。これが冒頭で述べた「東洋の怪奇」に繋がっている。何しろ、田舎のアメリカ人にとっては海苔やワカメを食うだけで驚愕の事実だったのだ。今となっては米を日常食としていることはアメリカ人には不思議ではないかもしれないが、パンとパスタとピザとトルティーヤだけがまともな炭水化物としてこの街では扱われており、米は野蛮人の食い物だったのだ。

 明らかに米、醤油、海藻の3種の食べ物は揶揄の文脈で取沙汰される珍フードだったのだ。街には中国料理店はあったものの、これはなぜか良しとされていたものの、日本の米はダメ、という二重基準があった。もしかしたら中国人は街に長く住んでおりある程度の信頼を獲得していたが、新参者の日本人は受け入れられていなかったということなのかもしれない。


●昭和とはどういう時代だったのか


 そんなわけで、中学生ながら、「どうやらオレは微妙な扱いを受ける国から来た人間としてこの街に住んでいるらしい......」という感覚はあった。実際警戒感もあったことだろう。こいつらはオレらを征服しようとしているのか? といった疑問に加え、「再び真珠湾攻撃をしでかすのではないか?」という恐怖もあったと思う。

 本連載の主題は、メジャーなメディアで扱われている「昭和」に明確な異議を呈するというものである。基本的にメジャーメディアが扱う「昭和」は、「悲惨な戦争」「戦後復興を果たした日本の団結力」「『三丁目の夕日』的な人々が協力し合う良い時代」「バブル経済の楽しさと狂乱」に集約される。

 だが、これ以外にも様々な「昭和」があったことを述べてきてこうしたステレオタイプ化された「昭和」描写に異議申し立てをしてきたわけだが、アメリカ人にとって日本の「昭和」は「警戒」であり、「アメリカ人はJAPよりも優れている」を確認する時代だったのではないかと考えている。

 こいつら(言葉が乱れて申し訳ない)は昭和末期、とにかく無駄な論争を挑んできた。また、誤解を基に、日本をあくまでも「東洋の怪奇的後進国」扱いをしようとしていた。それは以下のように私にされた質問や意見に表れている。いかに昭和末期の田舎者アメリカ人が日本を敵視し、無駄に優越感を持とうとしていたかを表しているであろう。

・お前の父はサムライか?
・お前のジイサンはニンジャか?
・お前はハラキリをしたことがあるか?
・パールハーバーについて謝罪しろ、ほれ、今すぐしろ。
・お前は毎日ライスにソイソース(醤油)をかけたものしか食えないんだろ
・日本人の女のアソコは横向きなんだろ?
・お前の父はブルース・リーか?
・お前はクラーリー(KARATEはアメリカの発音では"クラーリー"となる)ができるか?
・日本にはマクドナルドとコーラはないだろ。オレらアメリカには両方がある。

 中高生ともなると、この程度の知識しかないのは分かるが、連日こんな質問をされるとアメリカ人はバカだらけなのか? と思ったのは事実だ。結果的に私は渡米3年目にこうしたバカな質問をしない賢い友人らと巡り合え、このバカ地獄からの脱却ができたが、最初の2年は本当にヒドかった。

次の声は、決して私や日本に対して悪意があるものではないが、いかに無知か、そしてアメリカファーストを徹底しているかが分かるコメントなので紹介する。1992年、日本に帰国する、と同級生女子・ペイションズに伝えた時の言葉だ。

「なんで日本になんて帰るの? アメリカにはピザがあるのよ!」

 それに対しては「Come on Patience! We do have Pizzas in Japan, even Domino's Pizza are doing business over there.」と丁寧に回答しておいた。昭和の日本はアメリカでは意味不明の国だったのだ。Guns N'Rosesの歌で "Patience"という歌があるが、この歌に登場する言葉と同じ名前の女子とはこんな思い出がある。というか、彼女とはこれしか思い出がない。(文・中川淳一郎 連載「俺の昭和史」)

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