切れていなかった配信カメラ
わたしはニコ生主が大好きです。教室の片隅で中2男子3人がごそごそ集まって何やらうごめいているような井の中の万能感にぞわぞわしつつ、「あ、わたしも捨てたもんじゃないんだ」と生きる活力を与えてくれるからです。
その真骨頂が、2012年6月20日のニコ生主Nっち氏の放送。彼は、Sexy Zoneにいそう系ヘアスタイルにおしゃれあごひげをたくわえた、目鼻立ちのくっきりしたぽっちゃりフェイスの当時20代の青年です。
その日Nっち氏は、動画配信ソフトFMEを使用し配信、カメラに向かい軽妙に語りかけていました。
「その政治的問題、社会的問題、すべての問題についてあなたに解決策があるんだからそれをしっかりやっていけばいいんですよね」
ちょっと何を言っているのかわかりませんが、素人の生放送なのだからご愛嬌。
「社会的地位を守るためには、自分で社会活動をすること。もうこれなんです。これしかないんですよ。たとえば募金活動でも何でもいいんですよ」
ちょっと何を言っているのかわかりませんが、立派なことを言ってやるぞという熱意はじゅうぶんです。
「ということでもうあと残り10秒なので。お疲れ様でした。次枠はちょっとないですね。今からでかけてくるので。お疲れ様でした。See you next放送! bye bye !」
リスナーにキリっとキメ顔を向け、BGMを切るNっち氏。ここで放送は終了!
......ではありませんでした。
先程のにこやかな表情から一転、PCを操作しながらけだるげに煙草に火をつけ、煙を吐き出します。そして徐々に、獲物を仕留める前の、獣のような目つきに......。
「よしっ」
短くつぶやいたかと思ったそのときです。右手をデスク下に潜り込ませると、かさかさかさ、と、静かな部屋に奇妙な音が響きます。約1分間、表情は眉間にシワを寄せ、口は半開き、瞳、画面そらさずにーー。
「ッッ!!!」
無言の大絶叫のあと、おもむろに下を向いたかと思うと、デスク上にあったトイレットペーパーを慣れた手つきでくるくると巻き取り、デスクの下へ。目を細め、肩で息をし、まるでマラソン後のような疲れ切った表情です。
そこで映像は終了しますが、この短い動画にわたしは何度救われたことか。どんなに落ち込んでも、絶対泣くほど、腸がよじれるほど笑顔にしてくれるんですから。
それと同時に、わたしもPC動画をおかずにシコるときは、無意味にPC内蔵カメラにガムテープを貼って隠す、という自衛もできるようになりました。何の意味もないけど。
生死をかけた自慰行為
さて、ネット発のシコり小噺といえば、もうひとつ心の処方箋となっているのが、「ガナニー」です。
2011年4月、とある男性が2ちゃんねるに、「睾丸の裏にあるしこりを触りながらオナニーすると、失神レベルで気持ちいいよな? っていうか実際何度か失神した。今からやり方を教えてやる」といったスレを立てます。
彼のわくわくが筆から伝わる軽やかな文体です。が、スレ立て5分後には無情の、
「そのゴツゴツしたの癌だよ」
との指摘により、事態は一変。10分後には、「ガンオナニーwww」「略してガナニーか」の鮮やかな展開は、さすがは2ちゃんねるといったところで、涙腺を刺激します。
みんなに喜んでもらおうと、こんなにわくわくしていたのに、まさか生死に関わることだったなんてーーという男性の悲哀が、たったこの10分に集約されているのです。
これで終わりではありません。2ちゃんねらーの後押しにより、彼は病院行きを決意。一ヶ月後には「高い確率で腫瘍」であることが判明し、死を意識し始めます。もうわたしの涙は引いていて、「一生オナニーできなくてもいいから生きたい」という彼の切なる願いが、胸を打ちます。
9月、久しぶりに現れた彼は、「生き延びることができた」と、悪性腫瘍だったことを報告。手術の末、睾丸と男性器を切除したことも明かしました。切除前の心境を問われた彼は、こう言いました。
「ずっと泣いていました。悲しすぎて食べたものをすぐ吐いてしまうし。なんにもやる気が起きませんでした」
ですが、彼は感謝します。みんなのおかげで命が助かった、と。
面白半分で読んでいたわたしは自分を恥じ、そして、明日も真摯に生きよう。そう思うのでありました。
文◎春山有子