阿蘇山の夜道 「夜中に寝ていると『窓の外を見ろ!』と叫ぶ何者かの声」|川奈まり子の奇譚蒐集二七
――およそ五年の月日が流れた。勇さんは高校二年生になり、夏休みの間、麓の国道沿いにあるパチンコ屋でアルバイトすることにした。
そこは、高校で仲良くなった友だち・Aの家が経営しているパチンコ屋だった。Aの家に遊びに行った折に、Aの母から「うち人手が足らんけん、アルバイトせん?」と勧誘されたのだ。Aも一緒にやると言うので、学校には内緒で引き受けることにした。勇さんたちの高校は遊興施設や夜間のアルバイトを禁止していたのである。
家から山の麓までは約二キロで、自転車を使えばAのパチンコ屋に通うのはわけがなかった。家に帰宅するのはいつも深夜二時過ぎになったが、明るい国道を真っ直ぐ走ればいいだけなので安全だ。麓の辺りは、商店や人家、段々畑があり、家の辺りとは違い空が広く開けていて、誰もいない道を自転車で飛ばすのは爽快だった。たまにトラックが通ることがあっても、帰り道で人影を見かけたことはなく、世界を独り占めしているような気がした。
その夜は、とりわけ星空が見事だった。
トラックも通らず、人っ子ひとりいない国道をいつものように自転車で走っていると、前方に親子と思しき影が見えてきた。
気づいたときは一〇〇メートル以上離れていたが、自転車を漕ぐうちに徐々に接近していくことになった。最初は大小の人影から親子だろうと見当をつけただけだった。が、近づくにつれて細部が見えてくると、それが女性と五、六歳の男の子で、二人とも防空頭巾を被っていることが明らかになった。
中綿を詰めた布製の防空頭巾で、学校の防災訓練のときと、第二次大戦中を描写した映画や写真でしか目にしないようなものを、夏の盛りに人気のない山麓の道で被っているわけだ。
それだけでも奇妙だが、そのうち勇さんは二人が歩く動作をしていないのに、こちら向きに前進していることに気がついた。