阿蘇山の夜道 「夜中に寝ていると『窓の外を見ろ!』と叫ぶ何者かの声」|川奈まり子の奇譚蒐集二七
国道を横切って水色の玉に近づいてみると、思ったよりも大きく、一抱えもありそうで、球体全体が光っていた。ほぼ真下から見てもツルンと丸いばかりで、コードのようなものは付いていない。薄青色をした満月のようで、とても不思議な気がした。
五分ほどうっとりと眺めていたが、ハッと我に返って急いで部屋に戻り、寝直した。この一帯には熊や猪が棲んでいる。夜の山が危険なことは勇さんも知っていた。
翌朝、窓の外を見てみたら、水色の玉は消えていた。
父は仕事に出ていて、きょうだいはまだみんな眠っていたから、台所で働いていた母をつかまえて、昨夜のことを話した。
「夜に表に出たらいけん。ばってん、そりゃ夢なんやなかと? あんたが外に出たら、うちかおとうさんが目ば覚ましそうなもんや」
「夢やなか! 絶対違う! ほんなこつ見たんや」
「……どっちでもよかばい。それよりこん古高菜、食べてみぃ」
勇さんの母は彼の話を聞き流した。山での暮らしには保存食作りが欠かせず、高菜の古漬け以外にも、梅干しや紅生姜、各種の果実酒を作っており、父の会社の経理も担当していたから、いつも忙しかったのだ。
仕方なく、勇さんはひとりでまた外に出てみて、昨夜、玉があったところを見てみたが、変わったものは何も見つからなかった。
それからもしばらくの間、またあの玉が現れることを期待して注意していたものの、ずっと空振りつづきで失望し、夏休みが終わる頃にはどうでもよくなってしまった。
そして中学二年生から個室を与えられると、窓の向きが変わって、夜、部屋の窓から国道や山が目に入らなくなったので、本当に忘れてしまった。