見えない代わりに 後編 「会った記憶もない祖父が出てきて笑顔を見せた」|川奈まり子の奇譚蒐集三一
一昨年と去年は、両親だけで浜松に行き、墓参りをして、以前は2、3日滞在していたのに、その日のうちに帰ってきた。自分に遠慮したのだろうと思うと、澄夫さんはやり切れなかった。……自殺して、死ねば浜松に帰れるだろう。暗い考えに取り憑かれながら、いつしか眠りに落ちた。
すると、夢に父方の祖父が出てきた。
物心つく前に祖父は亡くなっているので、実際に会った記憶はない。けれども遺影はずっと家の仏間に飾ってあったから、顔は知っていた。その祖父が、浜松の先祖代々の墓所で墓石の端に腰かけて、長いキセルで煙草をふかしていた――失明しても夢の中には光と色彩が溢れていて、眩しい盛夏の景色であった。そこここに植えられた樹々の緑が鮮やかな美しい霊園だ。祖父は優雅な手つきでキセルを持ち、墓地の通路を歩む澄夫さんの姿を認めるや顔をほころばせて、空いている方の手を挙げた。
「おう、澄夫!」
嬉しそうな声と表情で、名前を呼ばれたところで、目が覚めた。体を起こすと、何か不思議と力が身の内に漲ってくる感じがした。どうしても今すぐ浜松を訪ねて、墓参りをしなければいけない。祖父の墓前で手を合わせるまでは死ねない。浜松の土を再び踏みたい。そのためには行動あるのみ!
飛び起きて、ただちに両親に、浜松へ連れていってくれと頼んだ。その際に、出来れば以前と同じように車でドライブしながら行けないだろうかと相談したところ、父が快諾してくれた。
浜松に到着すると、真っ先に墓のある寺院を訪ねた。事前に父が住職に知らせていたので、墓参の後、本堂で読経してもらい、さらにそのままそこで歓談することになった。
本堂は畳を敷き詰めた大広間である。そこに座布団を置いて、みんなで車座に座っている。澄夫さんも、線香が染みついた畳の懐かしい匂いを嗅ぎながら、輪に加わっていた。
失明してから、声や気配で、人々の位置関係を把握するのが得意になった。どこに誰が座っているか、すべて理解していた。
……わからないのは、さっきから部屋の中を歩きまわっている人物の正体だけである。