見えない代わりに 後編 「会った記憶もない祖父が出てきて笑顔を見せた」|川奈まり子の奇譚蒐集三一

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前編からの続きです
あらすじ:40歳のときに糖尿病の合併症が原因で視力を失った独身の佐々木澄夫さん。ほんの1年ほど前までは標準的な視力を持って、会社勤めをしていた。入院中、まだ目が回復するかもしれないと思っていた彼に、午前2時になると子どもの幽霊が幽霊が現れるという不思議な現象が…。それだけではない、深夜の病院に多くの「気配」を感じていたのだ――

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その後、澄夫さんは視覚障碍者として退院した。もう二度と視力が戻ることはないとわかっていた。彼は生きる気力を失い、自暴自棄になった。手術前、目の状態が悪化してから両親と同居していたが、一生このまま世話になるしかないのだと考えると、親のためにも、いっそ今すぐ死んだほうがいいと思った。しかし自殺する勇気は湧かず、そのことでいっそう絶望を深めた。

引き籠もっているうちに3年経ち、お盆の時季になった。目が見えていた頃は、毎年この時季には、両親を連れて静岡県浜松市にある先祖代々の墓を訪ねていた。車の運転が好きだったから、澄夫さんがハンドルを握って、大阪から浜松まで約265キロ、およそ3時間半の道のりをドライブするのが毎年恒例の家族行事になっていたのである。

墓参りだけが目的の旅ではなかった。行き帰り、途中に何ヶ所かある観光名所に立ち寄っては、美味しいものを食べながら移動するのだ。また、浜松には知り合いが大勢いた。澄夫さんたち家族は、彼が中学を卒業すると同時に静岡県から大阪府に引っ越してきた。だから古い友だちや幼馴染はみんな浜松に住んでいる。

特に、家の墓がある寺院の住職とその妻は、両親の親友でもあり、澄夫さんは子どもの頃、彼らにずいぶん可愛がってもらった。だから、浜松で住職夫妻をはじめとした知り合いに会うことも、いつも楽しみにしていた。

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