見えない代わりに 後編 「会った記憶もない祖父が出てきて笑顔を見せた」|川奈まり子の奇譚蒐集三一

神秘的な現象は、まだ続いた。

帰り道、途中で4回、線香の匂いが漂ってきたのだ。両親に、線香の匂いがしないかと訊くと、4回ともしないと答えた。澄夫さんにははっきりと匂うのに……。毎度、線香の香りは、車の走行中や停車中に、後部座席にいる澄夫さんの鼻先で突如濃く匂いだし、フーッと薄れていくのだった。

父は、澄夫さんが線香の匂いを感じた場所はどこも死亡事故多発地帯だと教えてくれた。道路の脇にドライバーに注意を喚起する看板が立てられていたというのだ。最近、澄夫さんは、守護霊など、良い霊が顕現するときは菊の花や線香の香りをさせるのだという話を耳にした。それを聞いてから、あのときは恨みを残して死んだ人の地縛霊が路傍にいて、守護霊となった祖父の霊が、それらから自分を守ってくれたのではないか、と、そう思うようになったそうだ。

現在、澄夫さんは、視覚障碍者のデジタルサポートビジネスを起ち上げ、視覚障碍者向けにパソコンとスマホの使い方を教えている。個人レッスンやグループレッスンの講師、講義に精力的に取り組み、忙しい日々を過ごしている。

失明するまで、彼は20年余りもIT機器を扱う仕事に従事していた。そのためパソコンやスマートフォンのOSにスクリーンに表示されたテキストの読み上げ機能など、視覚障碍者をも想定したアクセシビリティ機能が備わっていることを知っていた。

祖父の霊に導かれて、人生に再び希望を抱くと、自分と同じ苦しみを持っている人々を救いたいと考えるようになり、そのとき思いついたのが、この仕事だったのだそうだ。

点字を覚えて読書の喜びにあらためて目覚めた。積極的に外出し、恋人もできた。昔とは違う世界に暮らすようになったが、もしかすると以前にも増して活発になったのではないか……。

浜松への家族旅行も、あれから毎年、敢行している。