古今蓮華往生 「2人して和やかにの不忍池の蓮の花を見つめたまま、スーッと遠のいていくんです――」|川奈まり子の奇譚蒐集三二

では、現代の蓮池に舞台を戻そう。

上野公園の不忍池で怪奇現象に遭遇したという証言は、インターネットの掲示板やSNSに時折投稿されており、定型があると言ってしまってもよさそうな典型的なパターンがあるようだ。

それは、「深夜、2人以上で池を訪れて二手に分かれ、一方は時計回り、もう一方は逆回りに池の周囲を歩いていくと、どこまで歩いてもお互いに出会うことなく一周してしまう」というもの。

細部のバリエーションはさまざまだが、大筋は同じで、池の畔のどこかで異空間に彷徨い込んだかのごとく、あるいはメビウスの輪のように空間がねじれているかのように、当然交わるはずの線が交わらないというのだ。

つい2週間前ほど、私のもとに寄せられた体験談も、この亜種と言ってもよさそうだった。

 

「僕は東北地方の某大学に通う20歳の大学生で、この夏休みは東京都内で会社経営をしている母方の叔父の家に1ヶ月近く滞在していました。叔父の会社でアルバイトをするためでしたが、週末や会社の盆休みには従兄弟たちと遊んで過ごしました。叔父の家には2人息子がいて、次男のAくんは僕と同い年でアルバイトも一緒にやっていました。長男のBさんはすでに社会人で、数ヶ月後に結婚式を挙げる予定の婚約者がいて、彼女や、彼女の実家との付き合いが忙しそうでした。

8月に入ってすぐの土曜日のことです。その日は、Bさんの婚約者を交えて、夕方から上野にある老舗の料理屋で会食をすることになっていたのですが、急遽、部外者である僕も末席に加えてもらえることになりました。

料理屋を出たのは夜の8時頃でした。叔父と叔母が不忍池の蓮を見物したいと言うので、上野公園に行ってみたら、まだ人出があり、池の真ん中の弁天堂がライトアップされていて周辺も明るく、池の周りに来ている人たちは、みんな蓮の花や弁天堂の写真を撮っていました。

僕たちも、スマホで写真を撮りながら、蓮池の周りをそぞろ歩きました。

池を一周すると、叔父と叔母は先に帰宅すると言って去っていき、僕たち4人だけが残りました。

すると、Bさんと婚約者さんが2人だけになりたそうなようすになりました。何か言われたわけではなかったけれど、僕とAくんは空気を読んで、後で連絡するとBさんに言って、池の周りを時計回りに歩きだしました。京成上野駅やアメヤ横丁というにぎやかな繁華街の方へ向かう方角へ。

少し歩いて振り返ると、Bさんたちが反対回りに歩いて遠ざかっていくのが見えました」