憑き物 「目の前に突きつけられたスマホの画面を見て聡子さんは目を剥いて絶叫してしまった!」|川奈まり子の奇譚蒐集三六

 

「そうだ! 太秦に行ったら、スマホで写真をたくさん撮ってきてよ」

目が見えないのに? 咄嗟に浮かんだ疑問が、危うく口をついて出そうになり、焦った。

すると、彼が柔らかく微笑んで、聡子さんの罪悪感を掬い取ってくれた。

「変なことを言うやろ? 目が見えへんでも、景色は憶えとる。見えた頃の記憶があるんや。写真を解説してくれたらええねん。記憶している景色に、聡子ちゃんたちがそこにおる光景を想像したんを頭の中で合成して、楽しむから」

 

国宝第一号の宝殿の前で

 

――彼が光を失ったのは、成人後のことなのだった。

聞けば、失明する前に、太秦を含め、幾度も京都を訪れたことがあるのだという。

「……ええなぁ、太秦。広隆寺は、なんでか知らんが、少ぉしばかり怖いような気がしたけどな。日程にもよるけど、旅行中に京都で変なことに遭うたら、僕なら和歌山まで足を延ばして、高野山に行く。高野山の奥之院は、一の橋、中の橋、御廟橋という三つの橋が、三重の結界になって守られとってな。橋を三つとも渡ったら、憑いとる悪いもんが落ちるんや。また、そういうのんが全然無くっても、高野山は神聖な雰囲気が格別やった。魂が浄化されるいうか、お参りして宿坊に泊まった翌朝は、なんや心が軽くなって……。ああ、もっかい行きたいなぁ。高野山、僕の代わりにお参りしてきてくれへん?」

彼のこの一言で、旅の目的地に高野山も追加されたというわけである。

 

3連休の初日、聡子さんたちは、家族で共有している車に乗り込んで、朝の8時に大阪の自宅を出発した。

母以外の3人で交代で運転する取り決めで、まずは太秦の広隆寺と映画村を訪ねる。

その後、高野山へ行き、宿坊に一泊して、朝から高野山見物をしたら、帰阪するという計画だ。幾つかある宿坊のうちファミリールームが空いていた一つに予約を取り、車にガソリンを満タンに入れて、準備万全で臨んだ。

「変な天気やなぁ」

出ると程なくして、後部座席に美和と並んで落ち着いた母が、窓から空の方を見上げてぼやいた。

「よう晴れとると思うたのに、なんや、たまにパラパラ時雨れてきよる。狐の嫁入りや」

「狐のって、何? お天気雨のこと?」と、美和が母に訊ねた。

「そうや。花嫁行列を人に見られんよう、お狐さんたちが雨を降らせるって迷信やけどな」

「ふうん。……どこ行くも傘が要って面倒やね。迷惑なお狐さんたちだわ」

「迷惑なんて言うたら、あかん。バチがあたるで。京都には伏見稲荷かてあるんやし、気ぃつけな」

母は冗談でそんなことを言っているのである。美和もその辺は心得ていて、ニヤニヤしている。

「今日のお天気はイマイチやね。でも、予報では明日は快晴やって」

聡子さんは運転席から後ろの母と美和に声を投げた。助手席の次姉は、昨夜遅くまで仕事だったせいか出発した途端に船を漕ぎだして、眠っていた。

彼だったら、お天気雨のことをどう解説しただろうと聡子さんは考えていた。

澄んだ青空から降る小雨には、神秘的な意味が秘められていそうな感じがした。

「魔は水を好む」と彼から聞いたことがある。

川や池、沼、井戸が関わる怪談が多いのは、そのせいなんだと。

魔物たちが怪しい雨に呼び寄せられていたとしても、霊感が無ければ何も感じないから関係ない。彼なら、何か聞いたり嗅いだり出来るのだろうか……。