憑き物 「目の前に突きつけられたスマホの画面を見て聡子さんは目を剥いて絶叫してしまった!」|川奈まり子の奇譚蒐集三六

 

高野山へ辿り着けるのか――?

 

大門から奥之院までは、およそ2キロの距離。往復すれば1時間半だというが、高齢な母を伴っているので、2時間は見ておいた方がよさそうだった。

「桂子ネエ、何時頃に到着できそう?」

「道の混み具合によるけど、午後2時半から3時前後ってところやな」

「さよか……。じゃあ、宿坊にチェックインしてから観光しようと思ってたけど、そうやのうて、まず、奥之院に行かへん? あのね、彼から聞ぃたことなんやけど……」

聡子さんは、彼から聞いた、奥之院に至る参道で橋を三つ渡ると憑き物が落ちるという話をした。

「魂が浄化されたみたいで、参詣して宿坊で一晩寝たら、気分が良くなったって」

聡子さんがそう言うと、美和がスマホで何か忙しなく調べて、解説を施した。

「奥之院は、弘法大師が入定した御廟がある世界遺産なんやって。高野山で最も神聖な霊域で、お参りすると、弘法大師が出迎えてくれて、帰りは見送ってくれるんやって。

送り迎えするっちゅうても、千年以上前に成仏しとるんとちゃうって思うやろ? それがな、弘法大師は、高野山の真言密教では、まだ生きていて、修行中やねん。弘法大師は石室で即身成仏したんやけど、即身成仏っちゅうのは生きながらにして仏なるっちゅう意味やから、死んでも仏、生きてても仏ってことになって、死の概念を超越するんやって。

その弘法大師が、まず、一の橋でお出迎えしてくださるから、ここを渡る前に帽子を脱いで一礼せぇへんといけへん。

次にある、中の橋は、大昔にはここの川で身を浄めとったそうで、ここを渡ったら浄土に入るっちゅう意味があんねんて。奥之院は金剛界の御浄土にあたるから、知らんけど、三途の川を渡るような感じやない?

ほんで最後の御廟橋から先は、いよいよ弘法大師御廟の霊域で、この橋の下を流れるのは霊峰の清水。さらに、ここの橋板は36枚あって、橋を1とすると36+1で37で、これが金剛界37尊を表す上に、各橋板にも37尊を表す梵字がそれぞれ刻まれとる……」

母が目を丸くして美和を振り向いた。

「あんた、えらい詳しいなぁ! いつ勉強したん?」

「いつって、たった今や。勉強ちゃうで。高野山ガイドの解説をスマホで読みながら話してるだけやで。……せやけど、自分で言ってて、ちょっとワクワクしてきた。凄そうやん? ご利益ありそうやんな?」

「おばあちゃんも楽しみになってきよった。みんなして真面目に拝もな。ほなら、悪い霊なんか、弘法大師さまが追い払ってくださるで」

いつの間にか、聡子さんは恐怖が和らいでいることに気がついた。美和も朗らかな笑顔だ。母も、楽しそうにしている。

狐の嫁入り――お天気雨も終わったようだった。

いつの間にか、空は高く澄み渡っていた。

窓の外を眺めていると、国道480号線という路面標示が目に入った。

少し前から、すでにカーブの多い山道に差し掛かっている。

「どこから高野山が始まるの? それとも、ここはもう高野山なの?」

「まだ。でも……ほら! あの標識! 高野山入り口まで、あと6キロやって」

「ああ、なら、2時半までに着くね」

「中の橋のそばの駐車場に停めるつもりやけど、3時には大門をくぐってる計算や」

 

――ところが、そうはいかなかった。