憑き物 「目の前に突きつけられたスマホの画面を見て聡子さんは目を剥いて絶叫してしまった!」|川奈まり子の奇譚蒐集三六
女四人で京都旅行
一つ屋根に住まう4人の女のうち、9月のシルバーウィークに京都の太秦と和歌山県の高野山を訪ねようと言い出したのは、聡子さんだった。
祖父母より前の代から大阪で暮らしてきて、気づいてみれば男気のない家になっていた。
男たちは皆、亡くなったり、離縁したりして、何年も前から一人もいなくなり、聡子さんの長女の英恵はアメリカに留学したきり帰って来ずに向こうで就職し、長姉は婚家でつつがなく暮らしている。
母と次姉の桂子、聡子さんと23歳になる末娘の美和だけが残された格好だ。
独身のまま五十路を迎えた桂子と、もう喜寿だとは見えない若々しい母、47歳の自分とは「仲良しトリオです」と、聡子さんは言う。
離婚して10年以上が経ち、近頃、聡子さんには恋人が出来た。
全盲で年長の彼を家族に紹介するときは緊張しないわけにはいかなかった。
母や姉、ことに娘が、彼を受け容れてくれるだろうか、と、不安だったのだ。
しかし、これは杞憂だった。
交際はするが結婚するつもりはないことも、美和を含め、皆がすんなりと納得した――それは彼が重度の視覚障碍者だからだったかもしれないが、何にせよ、物言いがつかなかったのは聡子さんにとってはありがたかった。
太秦や高野山を訪ねてみたくなったのは、彼の影響だった。
この恋人は、自分には霊感らしきものがあると言い、そのせいか、寺社や古墳など、いわゆるパワースポットについて、呆れるほど詳しかった。
彼は、そうした聖域に惹かれ、景色が見えるわけではないのに足を運びたがり、旅することは滅多に叶わないまでも、点字本やDVDなどで知識を蓄えて喜んでいた。
聡子さんは、彼がなぜそういう場所を好むのか、正直言って、よくわからない。
しかし、愛する人が好きなものだからという極めてシンプルな理由で、近頃、少しずつ興味を持つようになってきていた。
彼によると、太秦は、朝鮮から渡来した秦氏の一族に所縁のある土地で、京都最古にして秦氏の氏寺である広隆寺を有する。古墳もあり、パワースポットなのだという。
その話をしたとき、彼は「映画村ばっかし、有名やけどな」と笑っていた。
しかし、訪ねるとしたら、太秦に映画のテーマパーク「東映太秦映画村」という見所があるのは幸いなことだと聡子さんは思ったのだった。
霊的な物事が今一つ素直に呑み込めなくても、映画村があれば……。
由緒ある寺院で静謐な雰囲気を味わった後、映画村で観光客に徹して遊ぶのは良い案だと思いついたときには、内心、手を叩いた。
若かりし頃、邦画ファンだった母は、邦画が隆盛していた頃の京都撮影所を憶えていて、太秦探訪計画を打ち明けると、最近すっかり皺ばんできた瞼を瞬かせて喜んだ。
娘の美和と、姉の桂子も、あっさり承諾した。
問題は、家族の愛犬、ジョンをどうするかだ。
ジョンは4歳のゴールデンレトリーバー種で、躾の行き届いた美しい犬だが、大型犬を預かってくれそうな友人が近隣にはいなかった。
しかし、「僕でよければ」と彼が申し出てくれた。
「両親が同居しとるし、通いのヘルパーさんもいるから、大丈夫や」
「せやかて、悪いわ」
「一泊か二泊やろ?」
「今回は日帰りか、一泊にしとこ、思うて」
「なんも問題あらへん! 安心して一泊しておいで!」
聡子さんは、迷ったが、他に頼めるあてもなく、彼にジョンを託すことにした。
その代わりに、彼に何かお土産を買ってこようと思っていたら、彼がこんな注文をした。