憑き物 「目の前に突きつけられたスマホの画面を見て聡子さんは目を剥いて絶叫してしまった!」|川奈まり子の奇譚蒐集三六
「美和ちゃん、スマホばっかり見んとき」
これから高野山へ向かうというとき、聡子さんは車の後部座席に乗り込むと、小声で娘をたしなめた。
この時点で、時刻は昼の12時だった。大阪を出発したときとは違い、今度は姉の桂子が運転係だ。母は助手席に、美和は聡子さんの隣に座っている。
「映画村からずっと、スマホをいじっちゃ溜息ついてたやろ? 何があったか知らんし、言わんでもええんよ? でもな、SNSで何ぞ言われても、あんまり気にしちゃ……」
「違う! そうやない! 少し黙っといて!」
強い口調で遮られて、聡子さんは驚いた。美和は、キツい冗談を飛ばすことはあっても、心根は穏やかな子だ。苛立って大声をあげることなど滅多にない。
母と姉も息を呑んだようすで押し黙り、それまで浮かれた空気が満ちていて、誰も口をきかなくとも何か賑やかな雰囲気だった車内が、硬く凍えて静まり返った。
「……ママに向かって、そういう言い方をしちゃあかんよ」
ややあって、母が美和を優しく叱った。
「だって」と、弁解しかけて、美和はキョドキョドと忙しなく視線を宙に泳がせた。
何か、言おうか言うまいか、迷っているのだ。
「どうしたん? 言っちゃいなさい! その方が楽になるから」
励ましながら、聡子さんは、娘の顔を横から見つめたが、すぐに見つめ返されて、ちょっと瞬きしてしまった。
普通、プライベートなことで隠し事をするつもりなら、目を合わすことを頑固に避けるものだ。
それが、美和は表情を引き締めて、真っ直ぐな瞳を向けてきた。
「な、なんやねん、いったい?」
「……あのね、ママ。えらいおとろしい写真が撮れてしまって、見せるべきかどうか、くよくよ悩んでただけやの」
そう告げられて、目の前に突きつけられたスマホの画面を、聡子さんは見た。
途端に、
「あんた、これ……」
と、目を剥いて絶句してしまった。
そこに映っていたものとは!
「ママ、私は誓っていっぺんしかシャッターを押してへん!」
「うん、せやった。憶えとるで……弥勒菩薩さまがある、確か、そう、新宝物殿という所の前で撮ってもろた。苔庭が綺麗で、ちょうど雨が止んで……」
その苔庭は、ここにも写り込んでいるのだが、これは、まったく違う写真だ。
「な? ほら、こっちの写真が私が撮ったやつやで? しゃんと普通にキレイに写っとるやろ?」
美和がスマホを操作して、1枚前に撮った写真を出した。
それは、聡子さんのスマホに保存されているもの――恋人に後で旅の解説をしようと思って美和に撮ってもらったのと、同じような写真だった。
「……で、こっちは」と、美和は最前の奇妙な写真を画面に戻した。
「これは絶対に写した覚えがあれへんねん! なんで撮れたのかわからへんし、ママ、このとき、自分のスマホをこんな風に掲げとった? これを見る限り、ママは明らかに、こっちに画面を向けとんなぁ? こないなことされたら、私もそのとき気がつくと思うんやけど……」
――その写真には、聡子さんの右半身しか写っていなかった。