憑き物 「目の前に突きつけられたスマホの画面を見て聡子さんは目を剥いて絶叫してしまった!」|川奈まり子の奇譚蒐集三六
左半身は完全に見切れて、左側の首の付け根より先は、画面のフレームからはみ出していた。つまり、顔も写されていない。
その結果、画面に向かって右の空間が、不自然に広く開いている。
背景は、濁った緑に滲んでいた。新宝物殿の前に広がっていた苔庭に違いないが、あったはずの瑞々しさが失われ、灰色に穢れているようだった。
そんな汚らしい緑をバックにした、画面の中央に、聡子さんのスマホが在った。
右手でスマホを持ち、肘を軽く曲げて画面を見せつけるように掲げているのだが、そんな不自然なポーズを取った記憶は無かった。
スマホに写っているものを娘に示しているとしか、解釈のしようがない格好だ。
そこに、いったい何が写っているのか?
一見、赤と黒と白とが、だんだら模様になっているようだった。
聡子さんは、美和の手からスマホを奪い取って、画面のその部分を拡大してみた。
……止めておけばよかった。
聡子さんのスマホに映し出されていたのは、漆黒の髪を、真っ赤に腫れあがった顔の両側に垂らした、白い着物の女だった。
昏く燃えるような瞳が、液晶画面の中から、聡子さんを睨みつけていた。
悲鳴をあげて、聡子さんが美和の膝へスマホを放り捨てると、美和が溜息をついた。
「やっぱり……。ママが絶対怖がるから削除しようかと思ったんやけど、これはヤバいやつやから、お祓いを受けへんとダメなんちゃう? 消したら余計にバチが当たるんちゃう? そんな気もしてきて、迷ってた。スルーするには、あんまりにも禍々しいやろ?」
「消して! お願いやから、そんなん消してもて!」
「せやから、お祓いせんと削除したら祟られるかもしれへんっちゅうとるねん!」
こんなふうに騒いでいれば当然のこと、
「何をゴチャゴチャ揉めとんの? その写真、消す前に、ウチにも見せて! もうじき、岸和田和泉で高速を降りる。ほんだら、ちょっと車を停めるから、ね?」
車を運転していた姉の桂子も、興味を抑えられなくなってしまった。
一般道へ入ると早々に路肩に車を寄せて、姉だけでなく母も一緒に、みんなであらためて美和のスマホを――怖い写真を――眺めることになった。
「これは凄いわ! 心霊写真って全部ニセモノだと決めつけてたけど、ちゃうのね。どこぞに投稿したら?」
「桂子ネエったら、他人事やと思って、そないなこと言って! 軽薄やな!」
母は、姉より時間を掛けて、つぶさにその写真を観察していた。
「こういうもんが写るっちゅうことは、聡子か美和に、悪いものが取り憑いたのかもしれへん……。なあ、聡子、彼氏には霊感があるって言ってたやろ? 彼に相談してみたら?」
「霊感がある言うても、拝み屋さんやないねん。……あ、せやけど……」
聡子さんは、先日、彼が話していた橋のことを思い出した。
「桂子ネエ、これから橋を三つ渡る?」
「三つの橋? 車で川を越えるかってこと?」
桂子がカーナビのマップを確かめようとすると、横から母が口を挟んだ。
「ちゃうよ! 高野山の山門を抜けると、参道に橋が三つあるのよ。わりと最近、テレビの旅番組で見たから憶えとる」
「ふうん。彼なら知っとるかな? 訊いてみよう」
「ほな、ぼちぼち車を出すよ。ぐずぐずしとったら日が暮れちゃう」
聡子さんは彼に電話を掛けたが、繋がらなかった。彼はあまり外出しないのに、間が悪いこともあるものだ。
しかし、美和が要領よくスマホで高野山・奥の院を検索して調べてくれたので、すぐに、三つの橋について、おおよそのことがわかった。
母の記憶どおり、山門(大門)より内側に、一の橋(正式名称・大渡橋)、中の橋(〃手水橋)、御廟橋という橋が架かっており、それらを渡って奥之院を目指すのが、スタンダードな参詣コースなのだった。